キュート・イズ・マイ・ミドルネーム!


「ナルト、すまんがこの本を…」
「待ってましたってばよ!」

自来也教授が差し出したメモを、ひったくるように受け取って飛び出す。
行先はもちろん工学部中央図書室だ。

広大な大学の敷地を、斜めに突っ切るように走る。
昨日の夜の雨のせいで、校内の桜はほとんど散ってしまった。
地面に貼りつくように落ちた花びらを、このまえ道を教えてくれたイケメン用務員さんがホウキで掃いている。
すれちがいざま、よう、と声をかけたら、口にくわえた爪楊枝を揺らしながら、ヨッ、と片手をあげてくれる。

「カカシ先生!この本ちょうだい!」

古びたドアを開けるなり叫んだら、山のように積まれた本の向こうでスタンプを押していた先生が、びっくりした顔を覗かせる。

「なに、キミ、また自来也先生のおつかい?」
「そうだってばよ!」

ちょっと胸を張りつつ、先生の色の白い手のひらにメモを載せる。

「呪術師ワイナミョイネンとサンポ物語……キミ、これ、あきらかに工学部の本じゃないデショ」
「いいじゃん、カカシ先生、調べてよ!」
「ったく…。自分で調べ方覚えなきゃダメじゃない。ほら、そこ座って」

マスクごしの甘く響く声に耳をくすぐられながら、検索用端末のまえに座る。
隣に立ってモニタの画面を覗く先生の白衣から、すこし埃っぽい匂いがする。

「…そこ書名いれて、検索ボタン押して…。あー、ダメだね、この本ウチの大学に無いみたい」
「えー!うそ!マジ?エロ教授にドヤされる!!」
「ドヤしたりなんかしないデショ、自来也先生は…」

呆れたように笑いながら、カカシ先生がオレの横からひょいと身を乗り出して、なにやらクリックする。
背はかなり高いくせに、先生の胴回りはずいぶんと細い。
弱々しいわけじゃないのにこの細さはなんなんだろう。
両腕を回して抱きしめたらきっとずいぶんと腕が余って…

「あ、あるよ、おとなりに」
「えっ!なにが??」

白衣の腰のあたりを凝視していた目をあわててあげたら、カカシ先生が白い目で見返す。

「なにって本に決まってるデショ。隣の女子大の図書館にあるから、借りに行っておいでよ」
「えーっ!」
「えーとか言わない。女子大だよ。こんなときでもなきゃ行くことないデショ。喜びなさい」
「べつに女子大にキョーミねえもん。ここにこんな美人がいるのに」

ぼそっと呟いたのが聞こえたのか聞こえなかったのか、ああ紹介状がいるねえと言いながらカカシ先生がオレのそばを離れ、デスクの上の電話に手を伸ばす。

「もしもし、ツメさん?工学部のはたけです、こんにちは。うん、パックンは元気よー。ツメさんとこのコたちは?そう、よかった…」

電話をするためにマスクをはずした先生の顔見たさに、検索用コンピュータのイスを引きずってデスクの脇に移動する。
はずした、といっても受話器をあててない側の耳にはマスクのゴムの片方が引っかかったままだから、顔の横にぶらーんとマスクがぶらさがっているというヘンな格好だ。

ヘンな格好なのに、先生は、やっぱり、綺麗だ。

「…あのね、いまココに学生来てて『呪術師ワイナミョイネンとサンポ物語』が欲しいって言うんだけど、うちの大学にはないよね?…うん、検索してもなかったんだ。で、お隣の大学ならあるみたいだから紹介状もたせて行かせようと思うんだけど、外国文学だとツメさんの管轄でしょ?でも人文の図書館まで紹介状書いてもらいに戻らせるより、俺がここで紹介状つくってわたしたほうが早いと思って。ここからのほうが女子大近いし。だから俺書いちゃってもいーい?………え?ちがうよー、女のコじゃないって……えー?」

先生がちらりとオレを見上げる。
長い睫毛に縁取られた瞳が、ちいさく笑みの形に細められる。

「……そうねえ、可愛い、ヨ」

おもわず、ピシッと固まる。
え、え、え、なに?

じゃあまたーと電話を切るカカシ先生に、のしかからんばかりの勢いで尋ねる。

「ねえカカシせんせい!カワイイって、オレのこと??」

片眉をあげたカカシ先生が、バカだねえ、と肩をすくめてマスクのゴムをかけなおし、デスクのPCのキーボードを引き寄せてカチャカチャと叩く。
ジジッジジジッとなにかがプリンターから吐き出される。

「ねえねえいま話してたのってオレのことでしょ、ねえ、せんせ!」

細い指が、ちょっと宙を彷徨ってからデスクの本の山のあいだを探り、見つけ出した印鑑をプリントアウトした用紙にポンポンと押す。

「せんせい、オレのことカワイイって思ってるの?!」
「…ったく、ほんとバカだねーえ」

わめきつづけるオレの顔面に、先生がA4サイズの用紙を一枚押し付ける。

「これ紹介状ね。さっさと行ってきなさい」
「せんせ…!」
「ハイハイ、じゃあまたね」

ポイッとドアの外へ放り出される。
ギィイイイーッと軋んだ音を立てて灰色のドアが閉まる。
手の中には、おもしろみの何もない明朝体で印字された黒い文字列と、赤い印判。
大学名の印はきちんとまっすぐ押されているのに「はたけ」という名前の印鑑はちょっと斜めにゆがんでいる。

そんなところになんだかどうしようもなく先生の存在が感じられて、にへらにへらと口元を緩めながら、叫ぶ。

「せんせー!またねってことは、また来ていーの?」

灰色のドアの向こうから、もごもごとなにか返答があった。
よく聞き取れなかったけど、でもたぶん、カカシ先生はこう言ったんだろう。
ばかだねーえ、と。
すこし間延びした、あの甘い声で。

「また来るってばよー!」

もういちどだけ叫んで、灰色のドアに背を向け、先生の印が押された用紙を胸に抱きしめて、春の空の下へと駆け出した。

fin. (20090307)


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