花見 (カカシ先生とデートシリーズ#10)


カカシ先生と花見に行った。
デートだ。
子どものころから任務ばっかりで休日の遊びというものを知らない先生に、オレが普通の「楽しいこと」を教えてあげるんだ。
もちろん満開の桜の下ふたりでお酒を酌しあっちゃったりなんかしながら、夜風にふわりと舞い落ちてきた桃色の花びらを先生の銀の髪からそっとつまんで取ってあげたりなんかしてみたいっていう、魂胆っていうか願望っていうか男のロマンは、あるよなフツウ持っちゃうよな?
なんたってデートなんだから!

半袖着てても平気なくらいのぽかぽか陽気は、日が暮れはじめてもまだ暖かさを残したままだ。
夜桜見物にはもってこいの日だ。
花見弁当二段重ねと酒屋のオバちゃんお奨めの純米大吟醸夢心をフンパツして、アカデミー前で待ち合わせたカカシ先生と一緒に、桜の名所の木ノ葉公園へ足を向ける。

「花見って、具体的に花のどの部分を見ればいいのかなーあ。花弁?萼?雄しべ雌しべ?」
「そんな細かいとこ見てどーすんだよ!観察日記つけるんじゃねえんだからさ、もっとこう、うわーって咲いてぶわーって散るところとかだってばよ!」
「うわーで、ぶわー、ねえ…」

腕組みをして考え込む先生をとにもかくにも引っ張るようにして歩いていたら、やあナルト、と声をかけられた。
サイだ。

「どこへ行くんだい?あれ、もしかしてこれから花見に行くつもりかい?」
「そうだってばよー、オレってばカカシ先生とふたりっきりで…」
「それは大変だ、人数足りないじゃないか」
「は?」
「花見っていうのは団体でドンチャン騒ぎをするものだろう?二人じゃ団体と呼べないよね。しかたない、ボクも行ってあげよう。ちょうどさっき日本酒もらったところだし」

酒酒屋の看板絵を頼まれたから描いてあげたらくれたんだよねとサイが持ちあげた風呂敷包みは、たしかに一升瓶らしきものが入っている。
が。

「いやいやまてまて、あのなオレはカカシせんせーとふたりっきりで…」
「でも三人じゃまだ団体とは呼べないよね…あ、虫オタクくん!」

サイが声をかけた道の向こうがわで、サングラスにフードを被った暑苦しい格好の男が足を止める。

「……それは、もしかしておれのことか」
「キミはいつも虫のことしか言わない根暗なオタクだろう?ちょうどよかった、花見に行かないかい?ナルトとカカシ先生が人数足りなくて困っているみたいなんだ」

いやいや誰も困ってなかったっていうかむしろ今すっげー困っているってばよ!

「あのなサイ、心配してくれたって気持ちは嬉しいんだけどそれは誤解っつか…」
「…根暗…オタク」
「まあキミじゃ存在感薄いけれど、無ではないからね。すくなくとも座れば一人分のスペースは占拠できるよ。それくらいの価値は君にもあるからね」
「……存在感」

シノの背後で、ざわりと黒いものが蠢く。

「ちょ、サイ、おまえ!わー、シノ、抑えて抑えて!!気にすんな、サイはこういうやつだ!わ…、わかった一緒に花見行こう、シノ!旨い酒もあるってばよ、な?な?」

黒々と渦を巻きはじめたシノのチャクラを必死で宥めつつ、いつのまにかカカシ先生と連れ立ってさっさと前を歩いていくサイの背中を追うように木の葉公園への細い坂を登る。
あああ、なんでこうなるんだよ!

木の葉公園はあちらこちらですでに宴会が繰り広げられていた。
がやがやと騒々しい中央部をすこし外れたところの桜の下に、退屈そうにあくびをしながら胡坐をかいた金色の頭を見つけて、手をあげる。

「場所取りご苦労だってばよ!」
「あれ、ナルト影分身に場所取りさせてたの?用意いいねえ」

先生が感心したように呟く。
あたりまえだってばよ、先生とのラブラブ花見デートのためなんだから、朝の5時から場所は確保済みだってばよ!

「ほんと用意がいいね、ナルト。影分身合わせたらこれで5人だ。団体にまた一歩近づいたね」

サイが嬉しそうに言いながら、オレの影分身が敷いていたシートの上にあがりこんで、きっちり正座する。
カカシ先生とシノが、その隣に順に並んで真似するようにちょこんと座る。
満開の桜の花びらが、あちらこちらに点々と散っている。

「団体団体って、あのなあサイ…」
「でもカカシ先生、団体って実質的には何人からが『団体』なんでしょう?」
「んー…?このあいだ行った水族館では、団体割引は30名からって書いてあったヨ」
「じゃあまだ25人足らないのか。ナルト、ちょっと多重影分身の術であと25人増やしてくれるかな?」
「なーんでオレがそんなことしなくちゃいけないんだってばよ!」
「だって花見は団体でドンチャン騒ぎをするものなんだろう?」

サイが風呂敷のなかから寫楽と金の箔押しで書かれた一升瓶を取り出し、オレが持ってきていた紙コップのパックを勝手に空けてカカシ先生に酌をし、ついでオレの影分身にも酒を注ぐ。
負けじとオレも持参した酒を開けたら、シノが無言でオレに紙コップを差し出す。
ちょっと待ておまえら、オレはカカシ先生とさしつさされつで呑みたいの!

「そういえば、ドンチャン騒ぎっていうのもよくわからないよね。とりあえず騒ぐというのはわかるけれど、ドンとかチャンってなんだろう」

カカシ先生に注いでもらった酒の香を味わうように口をつけながら、サイが首をかしげる。
オレのコップにはシノが酒を注ぐ。
いやいや、なんかヘンだろ、これ!

「ドンっていうのは擬音語っぽいネ…こんなかんじ?」

カカシ先生が、手にしていた一升瓶をドン、と置く。

「なるほど、気前よく豪快に瓶酒を呑むという様子を表しているのかな。じゃあチャンは?」
「そんなのなんだっていいってば、それより先生のコップにはオレが酌…」
「チャンではないがチョンと鳴く昆虫はいる」

オレの隣でぼそぼそとシノが呟く。

「あ、もしかしてキリギリスとかかな?なんかギーッチョンで鳴くよネ」
「そうだ。スイーッチョンという音で鳴くウマオイという種もいる。」
「さすが虫オタくんらしい意見だね。それなら正しいドンチャン騒ぎというのは、酒をドンと呑みながら虫の声を聴くことなのかい?あまり騒いでいるとはいえないんじゃないかな?」
「そうだな。しかもウマオイ、キリギリス共に夏から秋にかけて活動する昆虫だ。花見の時期にはいない」
「じゃあ違うんじゃないの?」
「しかし騒ぐという漢字には『虫』がはいっている」
「あ、ほんとだネ」
「じゃあチョンはやっぱりキリギリスかウマオイの声なのかい?」

サイとカカシ先生とシノが、正座をしたまま腕組をしてううんと考え込んでいる。
オレの影分身も、ついでのように腕組をして眉を寄せている。
っつかおかしいだろこの雰囲気!
全然花見っぽくねえんだってばよ!

「んなのどーだっていいんだってばよ!ドンチャンでもドンニャンでも、もっと明るく呑まなきゃ花見じゃねーっつの!」

オレが声を張り上げたら、サイがぽんと手を打つ。

「ああそうだったね、花見っていうのは悪ノリして桜の枝折ったりなんかもするんだよね」
「どっからの知識だよ、それ!」
「それはやめておいたほうがいい。桜は弱い。枝を折ることが枯死につながることもある。桜は虫のよい住処なのだからな」

ちびりちびりと酒を呑み干したシノが、オレのほうへ空のコップを突き出す。
はいはい、注げばいいんだろ。
ってオレが酌したいのはカカシ先生なんだって!

「住処って、それ害虫じゃないのかい?夏場にいっぱいでてくる赤黒い毛虫とかのことだろう?枝を折るのがいけないのはわかったけど、害虫の住処にさせておくならそれも桜にはよくないことなんじゃないのかい虫ヲくん?」

サイが遠慮もなく花見弁当の包みを開ける。
旨いと評判の総菜屋の弁当には、いくつもの正方形に区切られたなかに煮物や揚物が彩りよく詰められている。

「モンクロシャチホコだ」
「え?」
「赤黒い毛虫の名だ。ショチホコガ科の蛾の幼虫で、別名桜毛虫ともいう」

弁当の卵焼きに箸を伸ばすサイに負けじと焼鮭を確保していたら、隣でぼそっとシノが言う。

「害虫という名の虫はいない。害とはいうが、モンクロシャチホコはただ生きるために桜の葉を食べているだけだ。だが興味のないものにとっては美しい花を咲かせる木の葉を食う害ある虫でしかないのだろうな。個体自体には毒さえもないのだが」

シノが飾りのように添えられていたパセリを、ひょいとつまんで口に入れる。

「それでも名があるということは、興味をもって向き合った人間がいたという証拠だ。とくにモンクロシャチホコは、幼虫が頭と尾を同時に持ち上げるポーズをよくするのがシャチホコのようだという比喩に由来する。害虫としてではなく、愛情をもって付けられた名であるようにおもわれるがな、おれには」
「ふうん……」

背を丸めてフードも被ったまま舐めるように酒を口に含んでいる男の姿を、なにやら考え込むようにサイが眺める。

「呑むかい?シノ」

やがてサイが一升瓶を持ち上げて、シノをまっすぐに見つめて言う。

「あ…ああ。そうだな、貰おう。サイ」

一瞬とまどったように静止したシノが、どことなく照れてでもいるかのようにサングラスのブリッジに触れ、それから紙コップの中身を呑み干して差し出す。
サイが金のラベルの酒をトクトクと注ぐのを、カカシ先生がやわらかく細めた目で見守っている。

「それじゃあ、サイには俺がお酌しようかネ」
「ならばカカシ先生にはおれが注ごう」

なにやら微笑みを浮かべつつ、三人が酒を注ぎあう。
っつかなにそれ!
なんでオレだけ仲間はずれになってんの?!

「そういえば桜毛虫ってサ、食べられるんじゃなかたっけ?」

里芋を摘みながら、カカシ先生がのほほんととんでもないことを言う。

「はっあああ?せんせー毛虫まで食うのかよ!」
「俺は食べたことないけど、酒のつまみにするからって捕まえるの手伝わされたことあるヨ、子どものころだけど」
「ああ、昔ダンゾウ様が話していたことがありますよ、なんでも桜餅の味がするとか」
「げええええ!」
「桜葉を餌としているのだから、葉の味がするのは不思議ではないだろうな」
「へええ、そうか。ダンゾウ様の味覚はあながち耄碌していたわけでもなかったんだな」
「桜餅の味なんて風流だネー」

サイとシノとカカシ先生は和気藹々と気色の悪い話で盛り上がっていく。
繊細なオレにはついていけない。
うんざりしながら紙コップの酒を呷ったら、オレの影分身が気の毒そうな顔をしながら酒を注いでくれる。
自分で自分に酌なんて虚しすぎだ!
こんどこそオレがカカシ先生に酌してやるってばよ!
虎視眈々とカカシ先生のコップが空くのを狙っていたら、ざわりと強い風が吹いた。
はらり、はらりと花びらが舞い散る。

「カカシ先生」
「ん?なあに、シノ?」
「髪に桜がついている」
「ああ…」

シノが腕を伸ばして、カカシ先生の髪から桜の花弁をつまみあげる。
やわらかく笑みを浮かべたカカシ先生が、ありがとシノ、と囁く。
だああもおお限界だ!

「カ、カカシせん…」
「あ、ナルトォー!」

よく通る凛々しい声に振り返ったら、サクラちゃんが手を振りながら歩み寄ってきた。

「ちょっとなにこの侘しい宴会?暗すぎじゃない!こっち来なさいよ、医療班の花見に混ぜてあげるから!」

ほらあっちよ、とすでにけっこう酔っているらしきサクラちゃんが指差す方向に、一ノ蔵と銘の貼られたでっかい酒樽にもたれて十四代と黒々書かれた一升瓶を抱えこんだ綱手のばあちゃんの姿が見える。
どこをどう間違っても関わりあいにはなりたくない状況だ。

「いやそのサクラちゃん、せっかくなんだけどオレたちここで静かに飲んでるからさあ…」
「ああ、よかったじゃないか、ナルト」

いやに真剣な顔をして医療班の陣取っているあたりを眺めていたサイが、明るい声をあげる。

「むこうは27人だよ!これで30人オーバー、団体だ!」
「え、ちょ、まてサイ!」
「行こうシノ、カカシ先生!これで正しい花見ができますよ!」
「あーそうなんだーじゃあ移動しなきゃネー」
「おれがこの花見弁当をもっていこう」
「じゃあ酒瓶はボクが…」

手際よく周囲を片付けたサイとシノとカカシ先生が、医療班のほうへを歩み去っていく。
ブルーシートの上には、オレと影分身だけがぽつんと残される。

「くそー!待てってばよ、オレも行くー!」

もうなにもかもやけっぱちな気分になりながら、夜空にぼんやりと白くうかんだ満開の桜の花を見上げて雄たけびをあげた。


***


「はああ、賑やかだったねえ。お酒も美味しかったしー」
「そりゃよかったな…」

ようやく宴会から開放されて、すっかり夜のふけた道を先生と歩く。
予想通りに散々ばあちゃんに絡まれて呑まされて、オレのラブラブ夜桜デート計画は丸つぶれだ!

「サクラは本当にお酒強くなったよねーえ」
「サクラちゃんはザルだってばよ…綱手のばあちゃんが二人いるみたいだったってば…」
「懐かしいことも思い出しちゃったねーえ、桜毛虫とか」
「毛虫なんかしみじみ思い出さなくていいってばよ…」
「そういえば毛虫取るのの穴場があったんだよねーえ、すっごい森のなかで人が全然来ないからうじゃうじゃいてさあ」

さすがにすこし酔ったのか、先生の足取りがふわんふわんとしている。

「ね、いまから行こっか?」
「はっあ?毛虫を取りに?」

うじゃうじゃ毛虫なんて冗談じゃねえってばよ。
眉間に皺を寄せながら答えたら、先生が小首をかしげる。

「毛虫が出るのはまだ先だよー。花びらが全部散ってからじゃなーい?いまはね…」

先生がふうっと森の方角へ視線を投げる。

「いまは、きっと、桜が満開なんじゃないかなー」

先生の声が、酔っぱらった頭のなかに甘く響く。
甘すぎて、意味を理解するのにしばらくかかった。

「え?それはもしかして、これからオレとふたりっきりでお花見しようっていうこと?」
「お花見がいい?だったらあと28人呼んでこなくちゃ」
「いや!花見じゃなくっていいってばよ!えっと、えっと、毛虫の下見ってことで!」
「そう?じゃーあ、近道ねー」

そういって先生がふわっと屋根の上へ飛び上がる。
頭の真上にのぼった月が、先生の細身の姿を照らす。

「行こう、ナルト!こっちだよー」

先生がひらりひらりと手を振る。
その悪戯っぽい柔らかな声音に、拗ねていた気持ちがあっという間に吹っ飛んでいく。
ああもうオレはこの人を超えるにはまだまだ修行がたらないってばよ!
拳を握りしめながらこみあげてきた喜びをかみ締めて、いま行くってばよと声を張りあげながら、先生のほうへとおおきくジャンプした。

fin. (2011.04.29)


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