イルミネーション (カカシ先生とデートシリーズ#11)


カカシ先生とイルミネーションを見に行った。
デートだ。
子どものころから任務ばっかりで、夜といえば月もない闇に潜んでこっそり偵察だとかばっさり暗殺だとかしかおもいつかない先生に、オレが街の明かりのキレイさを教えてあげるんだ。
もちろんロマンチックなライトアップを眺めながらそっと手を繋ぎあっちゃったり、キラキラと輝く照明が映りこんだ先生の美しい瞳に乾杯しちゃったりなんかしたいっていう魂胆っていうか願望っていうか男のロマンは、あるよなフツウ持っちゃうよな?
なんたってデートなんだから!

木ノ葉商店街でもライトアップっぽいことはしているけれど、八百屋のおばちゃんとこのは軒下に点々とちっちゃい電飾がついているだけだし、肉屋のおっちゃんのとこなんてスダレみたいなわさわさした電飾のうえに祭って書いてある提灯がぶら下がっている。
盆踊りかなんかと勘違いしてるんじゃねえの?
おっちゃんは「明るくていいだろ」ってガハガハ笑ってたけどそんなのちっともロマンチックじゃねえっての。

そんなわけでオレがカカシ先生を連れ出したのは、里からちょっとはずれた穴場スポットだ。
このあいだテレビのオススメデート特集でやっていたところだ。
火の国の、お金持ちの家らしい。
一軒家を丸ごとイルミネーションで飾っていて、遠くからでも見物に行く価値有りの、うっとりするようなライトアップの名所なんだとアナウンサーのオネエサンは言っていた。
それならきっと先生も気に入ってくれるよな!
キラッキラのロマンチックデートでオレはカカシ先生の瞳に乾杯しちゃうってばよ!

「うわー……、すごいネこれ」

一目見た先生が感心したように声をあげる。
それは確かに凄いイルミネーションだった。
ぽつんと一軒だけ離れるように建ったその家は、見事にすべてが光で覆われていた。
二階建ての異国風な建物の敷地をぐるりと囲んだ低いフェンス越しにみえる四方の壁面は、すべて淡いオレンジのライトで照らされていて、ベルや雪の結晶のかたちをした黄色い立体の電飾ががいっぱいに飾られている。
屋根には青いライトが何本も網目のように配置されていて、ところどころに黄色い星が輝いている。
玄関の前には、これまたライトでできた大きなトナカイが立っている。

「あれは…?」
「ああ、あれはサンタクロースだってばよ」

先生の指差す先には、屋根に突き出した煙突によじ登ろうとしているらしき、ぽっちゃり体型の電飾人形がある。
後ろ姿で特徴的なヒゲは見えずとも、赤と白のライトで作られた衣装はまさにサンタそのものだ。
よくできてるってばよ、と伸びあがってよく見ようとしたら、ドンッと人にぶつかってしまった。
スンマセン、と謝った拍子に、その隣の人にボフッとぶつかる。
さすがテレビでやっていただけあって、家の周りにはイルミネーションの見物客が大勢いる。
ひょっとしてこれはチャンスなんじゃねえの?
はぐれないように気をつけないといけないってばよって言って、先生と手を繋いじゃえばいいんだよな!

「えー、うおっほん、せんせー、あのさー」
「あ、向こう側もすごいネ!」

人混みをものともしない様子で、先生が建物の側面の方へとずんずん進んで行く。

「わ、ちょっと待って、あのさあ、手をさ……」
「ふうん、あの雪だるまは一定のリズムで点滅してるんだネ。チカ、チカ、フッ、チカ、フウーッってリズムだネー」

オレの身長ほどもある大きな雪だるまの立体電飾の向こう側には、リボンのついた箱を模ったライトがたくさん並んでいる。
その隣には赤い服に色とりどりの電飾帽子をかぶったコビトたち。
広い庭に植えられた木々には一本一本すべてにピカピカと光る電球が灯されている。

「あっちの壁面の電飾も派手だネ。ロウソクの形なのかなあれは…」
「先生ちょっと、もっとゆっくり歩こうってば!」

人混みをするするとすり抜けていく先生を追いかけて、ぐるっと建物の周囲をひとまわりして玄関の近くまで戻ってきたところで、わっと歓声があがる。
柵越しに見える庭のひときわ高い木から放射線状に張り巡らされた電飾が一斉に点滅を繰り返し、赤・青・オレンジ・グリーン・白の色とりどりの電球がまるで噴水が湧き出すかのように光の軌跡を描く。
おもわず口を開けたまま見とれてしまってから、ハッと気付く。
そうだオレってばこういうときにさりげなく肩を抱いちゃったりすればいいんじゃねえ?

「そうかなるほど、わかったヨ」

振り返ったさきに立っていた先生は、腕組みをしてうんうんと2、3度頷いた。

「わかった?なにが?」
「確かにこれはすごい電飾だ」
「あ、だろだろ?すっげえロマンチックだってばよ」
「大勢の見物客のいるなかで、これだけ明るく照らされた家に忍び込むのは確かに至難の技だ」
「…へ?」
「でも、あの赤い服の男はそれをやってのけたということなんだネ」
「赤い服?サンタのことか?」
「ははは、なかなかおもしろい挑戦じゃないの」
「……えええええ?」

ワクワクしたような目をしたカカシ先生が、どんどんと増えてきた人混みのなかをひょいひょいと避けながら再び建物側面の方へ歩いていく。

「待って待って、いや、挑戦じゃねえから!イルミネーションは見て楽しむもんなんだってば…」
「四方八方電飾で照らされているとはいえ、隙はあるんだヨ。例えばこのリズム…」

家の右側面のフェンス越しに、先生が点滅する雪だるまを指し示す。
チカ、チカと点滅した灯がふっと消え、またチカと光った明かりがふうーっと消えた瞬間に先生がフェンスをひらりと乗り越える。

「ちょ、えええっ!」

咄嗟にあとを追ったオレの背後で、わっと歓声があがる。
庭の高い木の放射線状の装飾が、また光り始めたらしい。
見物客の視線がそちらへ集中しているうちに、雪だるまの影になった窓をするりと開けた先生が、ひょいと家の中へ入る。
雪だるまの照明が再びチカと灯る寸前に、オレも辛うじて室内に飛び込む。

家の中は、真っ暗でしんと静まり返っていた。
リビングらしきその部屋には、大きなダイニングテーブルと暖炉があった。
室内に飾られた比較的小さめなクリスマスツリーには屋外とは対象的になんの電飾も付いておらず、いくつかのベルベットのリボンだけでシンプルに飾られている。
ツリーのてっぺんに付いているのも、光らないただの金色の星だ。
人は誰もいない。

そういえば、このあいだテレビでインタビューされていたイルミネーションをしている家の持ち主は、ライトアップ期間は早くに寝てしまうんだと言っていた。
家の中の電気をつけると外のイルミネーションの邪魔になってしまうし、電飾だけで電気を限界まで使ってしまうから室内ではなにもできないのだと。
このうちの人たちも早くベッドに入ってしまったんだろうか。
室内の窓にはすべてカーテンが引かれてあって、外の賑やかさが嘘のように暗い。
オレたちが入ってきた窓のカーテンだけがときおり風でふわりふわりと揺れ、外の電飾の灯りをわずかに滲ませている。

静かな部屋の中のあちらこちらを興味深そうに眺めまわっていた先生が、ふいに笑う。

「ナルト、それ、宿り木だ」
「え?」

オレの真上をひょいひょいと差す先生の指の先を視線で追ったら、天井からなにやらモシャモシャとした枝みたいなものが吊り下げられていた。
すいと近寄ってきた先生が、前触れもなくオレの口端にチョンとキスをする。

「っ??」
「メリークリスマス」
「……ええ」
「には、ちょっと早いか」
「えぇええええ!なにいまの!」
「ま、いいかネ。おっと、いいタイミング」

カーテンの隙間から点滅する電飾の明かりをを伺った先生が、するりと外へ出ていく。

「ちょおお、先生、待ってってば…!」

慌てて追いかけようとして、ダイニングテーブルに足の小指をガツンとぶつける。
地味な痛みに声も出せずに蹲りながらも、足の先より先生が触れた口端のほうがずっと熱い。

ああもうカカシ先生を超えるにはオレはまだまだ修行がたらないってばよと心の底から実感しながら、痛む足の小指を抱えてぴょんぴょん跳ねつつ、暗い部屋を抜けだして先生のあとを全力で追いかけた。

fin. (20121204)


<テキストへもどる>