ショッピング (カカシ先生とデートシリーズ#4)


カカシ先生とショッピングに行った。
デートだ。
子どものころから任務ばかりで休日の遊びというものを知らない先生に、オレが普通の「楽しいこと」を教えてあげるんだ。
もちろん普段ぜんぜん服装に気を使わない先生にがっつりクールなコーディネートをしてあげたり、広い更衣室に一緒にはいって着替えを手伝ってあげちゃったり、似合うよ先生オレがその服買ってあげるよなんて気前のいいとこ見せちゃったりなんかしたいっていう魂胆っていうか願望っていうか男のロマンは、あるよなフツウ持っちゃうよな?
なんたってデートなんだから!

ショッピングデートはそもそもサクラちゃんのアイデアだ。
映画もいいけどぶらぶらとウィンドウショッピングもいいものよ、好きなひとと一緒なら特にね!なんてうっとりしていた。
だからひさしぶりに先生と休みが重なった日、家に居たがる先生を強引に連れだしてみた。
並木道にはまだちらほらと桜の花びらが残っているのに日差しはもう夏のようで、オレは半袖Tシャツを着ていたというのに、先生はいつも通りの黒い長袖ハイネックだった。
口布はしかたないとしても、黒じゃない色のシャツとかも着ればいいのに。
銀の髪がひきたつような、濃いめのピンクとかどうだろう。

先生に着せたい色をあれこれ考えながら火の国にできたばかりのショッピングモールへ行こうとしたら、服を買うなら欲しいのがあるのよね、と先生が大門とは反対のほうへ足を向ける。

着いたところは、木の葉商店街の「ブティック・ミユキ」だ。
薬局と電器屋のあいだに昔からある、ちいさな店だ。
ショーウィンドウにはガイ先生と綱手のばあちゃんを足して2で割ったようなマネキンが、土俵でミニスカの裾を気にしながら観光案内しているようなポーズで立っている。
マネキンの着てる服は、たぶんオレがアカデミー生のころから変わっていないんじゃないだろうか。
ウィンドウの隅っこには「岩の国ミカン」のロゴが入ったダンボールがふたつ無造作に積んである。

「ハハハ、カカシ先生冗談…」
「あ、定休日じゃなかった。よかったー。コンニチワー」

ピロリロリーンという間の抜けたチャイムを鳴らしながら、カカシ先生が躊躇なく店内に入っていく。

「え、ちょ、先生待って!」

あわてて先生の後を追いかけて入った店内には、なぜかタコヤキの匂いが充満していた。
ごちゃごちゃと並んだポールに、年季がはいったかんじの服がだらだらとぶら下がっている。
棚に並んだ服は、畳まれたまま20年くらい広げられたことがないんじゃないだろうか。
入口わきの巨大な花瓶にぎっしりと差し込まれた造花は、すっかり色が褪せて黄色っぽくなっている。

「ね、せんせ、オレ火の国のショッピングモール…」
「あら、いらっしゃいませーえ」

店の隅のベージュの花柄カーテンが開いて、パンチパーマのオバちゃんがでてきた。
胸にどーんとチーターの描かれた黒いTシャツにゼブラ柄のスパッツ、ヒョウ柄のカーディガンを貫禄たっぷりに着こなしている。
明らかに白すぎる色に塗りたくられた弛んだ右頬と左頬のあいだに、どぎついフューシャピンクの口紅でいろどられた唇。
アイシャドウは目も覚めるような青色だ。

オレがおもわず2、3歩後ずさったのにもかかわらず、先生はああどうもネなんて言いながらさっさとショウウィンドウに接した日当たりのいい壁面に足を向ける。

「これ!ずっと気になってたんだよネ!」

壁面にハンガーでディスプレイ(というか単にぶらさげられているだけというか)された一着を、先生が指さす。

それは、長袖のハイネックシャツだった。
色は、黒ではなかった。
じゃあ何色なのか、と訊かれたら、なんと答えればいいんだろう。
アカデミーの図工の時間に水彩画を一枚描き終えたあたりの筆洗いバケツの中の水の色、というのがいちばん近いかもしれない。
白っぽく濁った緑色の地に、ところどころ不均一なオレンジのストライプが織り込まれている。

「せんせー、あのさあ…」
「あら、お客さまお目が高いわあ!このシリーズもう入荷するたびに飛ぶように売れてしまうんですのよお」

うそだ!
ぜったいこの服、壁にかかったまま最低10年は経過してるってばよ!!

「いったいそれのどこがいいんだよ!」
「ん?首…ホラ、ここまで長いのってなかなかないのよネ」

先生がみょいーんと垂れ下がったハイネック部分をうっとりと眺める。
たしかに長い。
これだけあれば先生の鼻まで隠せるかもしれない。
けど、それはあきらかに「意図して作られた」んじゃなくて「年月とともに伸びちゃった」長さだってばよ!

「せんせー、そんなの…痛ってえ!!」
「あらあ、ごめんなさいねえ」

ガッコンとオレの後頭部にぶち当てた棒を構えなおしたパンチのオバちゃんが、ひょいと棒の先にハンガーを引っ掛けてモンダイの服を下ろす。

「ちょ、それ、もう表と裏の色が違っちゃってるってばよ!」

痛む後頭部をさすりながらも、叫ぶ。
表側が絵を一枚描いた後の筆洗バケツの水の色だとしたら、裏側は絵を5枚くらい描いたあとの水の色だ。
明らかに色の濃さが違う。

「ええもう、洒落た配色でございますでしょう? 」

おほほほと笑うオバちゃんのフューシャピンクの唇のあいだから蛇のような舌がチロっと覗いて、おもわずもう2歩後ずさる。
配色って日焼けして色が褪せただけじゃねえか、というツッコミが、喉元でカキンと凍りつく。

「ほらこのなめらかな手触り、シルク混でござあいますのよ」

先生に服を手渡しながらオレのほうに投げかける笑みが猛禽類のようで、さらにもう一歩後ずさる。
怖い、このオバちゃん絶対ただもんじゃない。
綱手のばあちゃんの親戚かなんかじゃねえの?!

「あーいいねーえ、これくらいあるとちょうどいいなあ」

カカシ先生は呑気に服を胸の前に当てて、伸びきったハイネックの長さをチェックしている。
先生、チェックすべきは首の長さだけじゃないだろ、その色とかその伸びきった袖とかはいいのかよ、と心の中で虚しく叫ぶ。

「お客さまよろしかったらご試着なさいますう?」

そういってオバちゃんが示したのは、更衣室とは名ばかりの、もともとは花柄だったらしき褪色したカーテンで区切られた一角だった。
明らかに、どっかで余ったカーテンをぶら下げただけだ。
端だってきっちりとは閉まらないで、妙な空間があいている。
絶対オバちゃんカカシ先生の着替えをのぞく気だろ!
冗談じゃない、カカシ先生のあんなとことかそんなとことか見ていいのは世界で唯一オレだけだってばよ!!

「あー、うん、そうねー着てみようか…」
「先生!着なくていいってばよ!買う!オレが買います!それ、いくら??」

ほとんど自棄になりながら叫ぶ。
こんなところはもうさっさと退散するしかない。

「え、オマエが買ってくれるの?」
「あらあ、ご試着しなくてよろしいんですのね…。ではこちら税込みで8400両でございまあす」
「ええ!高!コレが!」
「こちらシルク混でござあいますのでね、ほおらこの上質な手触り」
「なにが上質だよ、色あせて伸びきってんじゃねーか!」
「どしたの、ナルト?やっぱ俺が払おうか?」
「いいや!オレが払うってばよ!」
「ほほほほほ、まいどありがとうございまあす」

オバちゃんの有無を言わせぬ恐ろしい笑顔に負けて、8400両を払う。
オレの可哀想なカエルがまぐちが痩せ細る。

「ありがとね、ナルト!」

服の包みを抱える先生の嬉しそうな顔に、複雑な気持ちになる。
やっぱり着るつもりなんだよな、あれ…。

微妙な色の首長服を着た先生の姿を頭におもいうかべて、先生のセンスを理解するのだけはどれだけ修行しても無理なんじゃないかとしみじみ実感した。

fin. (20090510)


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