野球観戦 (カカシ先生とデートシリーズ#5)
カカシ先生と野球観戦に行った。
デートだ。
子どものころから任務ばっかりで休日の遊びというものを知らない先生に、オレが普通の「楽しいこと」を教えてあげるんだ。
もちろん野外球場の熱気と手に汗握るスリリングなゲームの興奮に後押しされて、先生との距離がもう一歩近づいちゃったりなんかしちゃうんじゃないのっていう魂胆っていうか願望っていうか男のロマンは、あるよなフツウ持っちゃうよな?
なんたってデートなんだから!
先生があんまり野球に興味がない(というか野球がどういうものなのかわかっていない)のは知っていたけれど、このゲームは特別だ。
なんてったって優勝決定戦だ。
キバにチケット譲ってくれって土下座までされたけど、こればっかりはあげられない。
だって先生が一緒に見に行くって約束してくれたんだ。
盛り上がり確実のこの試合を見れば、先生も絶対野球が好きになるってばよ!
でも試合はしょっぱなからクソゲームだった。
1回でいきなり3点入れられて、3回の守備ではどうってことないフライを外野手が見失ってさらに1点追加。
外野席の雰囲気はサイアクだ。
ぬるくなりはじめた生ビールをヤケになって一気に呷ったら、ナルトいい飲みっぷりだねえ、と先生がのんきなコメントをする。
「さっきの選手すごいネー、壁ギリギリのとこでボールキャッチしたヨ!」
「それ、敵!」
「あー、そなの?」
なんど教えても先生にはゲームにおける敵味方というのものが良くわからないらしく(まあたしかに敵だからといって殺すわけじゃないし攻撃ったってバットを振り回して狙うのは敵選手じゃなくてボールなんだけど)、好プレーをした選手に対してはそれが自チームでも相手チームでも素直に賞賛の拍手を送る。
おかげでただでさえ雰囲気悪いホーム側外野席で、オレたちの周りだけがさらに殺気立っている。
「あ!すごーい!また1点入った!」
「…敵側にな!」
「ナルトご機嫌斜めだネー。ノド渇いたの?もう一杯飲む?あ、でももうビールじゃなくてジュースにしときなさいネ。ハタチになったからってあんまアルコール飲みすぎんのはよくないのヨ?」
「…せんせ」
あのななんども言ってるけどオレたちが応援してる側は青いユニフォーム着てるほうでオレンジのやつらは敵なの!
今日の試合に勝ったらこっちが優勝なの!
でも負けたらまた試合しなくちゃなんなくて、しかもその試合はアウェーの球場なの!
んで負けが続いたらあのオレンジが優勝しちまうかもしれないの!
「んー?でも、ナルトはオレンジ色の服、好きデショ?」
「そういう問題じゃなーい!」
力いっぱい叫んだところへ、わあっと大きな歓声が上がった。
今日は始めからずっと調子の悪かった3番打者が打ったボールが、ぐんぐんと伸びて外野席へ飛び込む。
「ホームランだ!せんせ、2点入った!」
「…ええっと、これは、喜んでもいいのネ?」
「もちろんだってばよ!!」
これで勢いづいたのか、バッターは次々と快音を響かせ、激しい反撃に相手のミスも誘い、あっという間に一点差にまで追いつく。
外野席の盛り上がりっぷりは半端じゃない。
地響きのような応援ソングの熱唱の渦の中で、我を忘れて仁王立ちしたまま声援を送っていたら、ことん、と太腿あたりになにかが当たった。
見下ろした先に、銀色の髪。
しまった!
夢中になりすぎて先生忘れてたってばよ!
おそるおそるかがみこんで、先生の顔を覗き込む。
マスクに眼鏡をしているからほとんど表情はわからないけれど、目をつぶっているようだ。
動かない。
もしかしてまた変わり身の術?
オレが先生ほったらかしで夢中になってたから、怒って帰っちゃった?
そっと色の白い頬に触れたら、ふるりとかすかに身じろいだ先生が、そのままオレの肩に頭をもたせかけた。
先生の低めの体温がTシャツ越しに伝わってくる。
呼吸で先生の背中が緩やかに上下する。
本体だ。
先生、寝てる。
ぐわあああっと言葉にならない疼きが胸の中を駆け巡った。
できるだけそっと席に腰掛けて、先生がもたれやすいように体勢を変える。
そういえば昨日も任務だったって言っていた。
もしかして帰りも遅かったんだろうか。
文句も言わずに野球に付き合ってくれたけど、ホントはすごく疲れてたのかな。
9回裏、外野席のどよめきで無死満塁になったことを知る。
場内アナウンスが、我らの主砲がバッターボックスに入ったことを告げる。
肩を組みあい、メガフォンを打ち鳴らし、旗を振りまわす人垣に囲まれたなかに先生とふたりきり座り込んで、試合は全然見えなかったけれど、もうそんなことはどうでもよかった。
胸の中だけが、場内の熱気よりも、ずっとずっと、熱い。
声も嗄れんばかりに応援する喧騒率MAXの人波のあいだで、心地よさそうにすやすやと眠る先生の肩を抱きながら、ああもうこの人を超えるにはオレはまだまだ修行が全然たらないんだと、球場のど真ん中で叫びたくなるくらいに実感した。
fin. (20090720)
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