雪山 (カカシ先生とデートシリーズ#7)


カカシ先生と雪山に行った。
デートだ。

……と言ったら、怒られた。

「なにがデートなのヨ、これはむしろ補習でしょ」

でもよでもよ、カカシ先生ときたらフォーマンセルの任務の帰り道、「俺はナルトに用があるから先に戻ってて」なんてチームの二人を帰しちゃって、オレだけを連れて人気のない山の上へと登っていくんだぜ?
薄暗い森のなかを抜けたとおもったら動物の足跡さえもまばらな一面の銀世界で、そのどんどん深くなっていく雪の斜面を二人きりで黙々と進んでいくんだ。
これはあれだろ、雪山遭難プレイだろ!
吹雪の中を二人で身を寄せ合って、「ナルト寒いよ…」「先生寝ちゃダメだ!オレが暖めてあげるから!」とかって凍える世界で互いのぬくもりだけを頼りに運命の一夜を明かしちゃうんだろ!
おおお、男のロマンだってばよ!

「んー、この辺でいいかな」

カカシ先生が足を止めたのは、山の東側にある斜面の一角だった。
雪の深さはもうとうにオレの身長を越しているだろう。
まあチャクラを使って雪の表面に足跡も残さず歩いてきたから、正確な深さなんてわかんないんだけど。

「ハイ、じゃあココに雪洞を掘ってネ」
「せつどう?」
「おまえこのあいだの任務のとき、螺旋丸で雪洞掘ろうとして雪崩引き起こしたんだって?ネジくんが『ナルトとはもう二度と組みたくない』って怒ってたヨ」
「あ?あー、あんときか…」

二週間ぐらい前、要人警護の任務で山越えをしなきゃならなかったことがあったんだけど、なんかいきなりネジが「ビーバーが来る」とかなんとかワケわかんないこと言い出して、で結局なんか雪に穴掘ってほしいってことだったみたいだから、そんなら手っ取り早くやってやろうと思って螺旋丸打ったら山のてっぺんからものすごい勢いで雪崩が押し寄せてきて…。

「あれはめっちゃビビッたってばよー」
「ビビッたじゃないでしょ。雪山で螺旋丸なんて打ったら雪崩起こすのは当たり前じゃない。アカデミーでちゃんと習ったでしょーが」
「そうだっけ?」
「あとビーバーじゃなくてビバークだからネ。吹雪とかを避けるために野営すること」
「え、ビーバーが避難してくんの?」
「……」

はああ、とカカシ先生が溜息をつく。

「あーもーとりあえず、オマエは今から補習ネ。ココの斜面に野営できるくらいの穴を掘ること」
「そんなのカンタ〜ン。じゃあいくってばよー、螺旋…」
「バカモン!」

カカシ先生に頭を叩かれる。

「おまえには学習能力ってもんがないの?このまえ螺旋丸で雪崩ひきおこしたんでしょーが」
「こんどはそっとやるってばよー」
「あのね、忍術で雪洞つくるにはかなり繊細なチャクラコントロールが必要なのよ。こんなふうに…」

ばばっと印を組んだ先生が、雪壁に向かってぶわっと火焔を噴きだす。
その炎が消えるか消えないかのタイミングでじゅわっと水遁。
あっという間もなく、人ひとりが入れるほどの雪の洞窟ができあがる。

「おー、すっげえ!それオレにも教えて!」
「おまえのチャクラ性質じゃ無理。しかもおまえノーコンでしょ」
「そんなことねえってばよ、教えて教えて!」
「おまえには、こっち!」

先生が口寄せの印を組んでポンッと雪上に手を押し当てると、もわんと舞いあがった雪煙のなかからちいさな影が現れた。
パックンだ。
なにか細長いものを背負っている。

「こんな寒いところへ呼び出しおって…リウマチが痛むわい」
「ごめんねーえ」

のほほんと言葉を交わしつつ、カカシ先生がパックンが背負っていたものを持ち上げる。

「はい、おまえはこれで掘ること!」

ずいっと差し出されたのは、1mほどの長さの、なんの変哲もないスコップだった。

「えー!地味!オレも先生みたいにバーンってやってビューってやってじゃじゃーんってできるのがいい!」
「チャクラコントロールの雑なおまえには、無理。体力馬鹿は体力馬鹿らしく手掘りしなさい」
「ええー!」
「たぶんこの調子だと申の刻くらいに吹雪くから、一時間以内に作ってネ。間に合わなかったらおまえだけ吹雪の中に立っててもらうヨ」
「えええええーマジいいいい?」

スコップを押し付けられて、溜息をつきながら適当なところに突き刺してみる。

「そんな柔らかいところ掘ってどうする!しっかり雪が密になったところを掘る!適当にやらない!まずは足場を固める!スコップは水平に刺す!スコップの幅の立方体を切り出すように!掘り出した雪はツェルトの上に乗せる!雪が溜まったらツェルトごと運搬!十分な距離の先に廃棄!」
「うええええ〜」

先生はスパルタだし雪は硬いし運ぶのは重い。
あっという間に汗が噴出してきた。
上着を脱いでもまだ暑いぐらいだ。
冬山にいるっていうのに!
額や頬に降りかかる雪片が、むしろひんやり気持ちいいほどになってくる。

「俺さあ、湯の花ってホントはあんまり好きじゃないんだよネー。見た目がちょっとアレじゃない?それになんかヌルヌルするしー」
「硫黄温泉のよさがわからんとは、おまえもまだまだじゃな、カカシ」
「えーでもあの匂いはパックンにもキツイでしょー?」
「だがあれが一番リウマチには効くしの…」

オレに言うだけのことを言った先生は、火遁と水遁で作ったちいさな雪の洞穴にちんまりと収まって、パックンとのんびり温泉の話なんかをしている。
そのうちに眠くなってきたのか、シュラフにくるまってうつらうつらしはじめる。
先生寝ちゃダメだああ!と言ったら、ドラマの見すぎなんじゃないのと白い目で見られた。
あれ、雪山って寝ちゃいけないんじゃないの?
眠らないようにここぞとばかりに互いの心のうちに秘めた熱い気持ちを語り合うのが雪山遭難のロマンじゃないの?!

先生が完全昼寝モードに入ったのを横目に、がっしがっしと雪壁を削り続ける。
ったくなんでオレだけこんなことしなきゃいけないんだ。
穴掘りが地味にうまくなったってしょーがねーってばよ。
もっと忍術でこうババッてやってブオーッてやってドーンッてできるの教えてくれりゃいいのにカカシ先生のケチ!

ぶつぶつ文句を言いながらやっていたけれど、ガツガツ掘り進んだ穴が洞窟っぽくなってくると、なんだかだんだん楽しくなってきた。
雪の穴の中はしんと静かで、ガリガリという自分のスコップの音だけが響く。
洞窟のちいさな入り口越しに見る外の世界は、不思議に透明感のある青色だ。
掘っても掘っても雪の壁は続く。
どこまででも大きくできそう。
秘密基地作ってるみたいだ!

疲れるけど、手で掘るのもけっこういいってばよ。
やっぱり雪崩おこしちゃいけないもんな。
森のふもとのビーバーとかがびっくりしちゃうかもしれないからな!

鼻歌まじりにザクザクと洞窟を作り続ける。
雪の壁の一部を四角く切り出せば、あっという間に棚ができる。
もうひとつ穴を開けて、荷物の収納場所なんか作ってみる。
おおこれ、おもしろいってばよ!

何度目かに削りだした雪を洞窟の外に運び出したら、青かったはずの空は真っ白な雪煙に覆われていた。
吹雪が来た!
先生に言われていたとおりに入り口の穴をちいさく狭めて雪が吹き込まないようにしてから、スコップを持ち直し、側面の壁に突き立てる。
ガツン、ガツンと何度か突きたてると、ふいに軽い感触があった。
そこから先は慎重に雪壁をかき分ける。

「できた?」

雪壁の向こうから先生の声が聞こえたとたんにボコンと穴があいて、先生の雪洞とつながる。

「できた!先生みてみて!オレすごい?オレかまくら作りの天才?」
「かまくらじゃないでしょ、これは…」

シュラフにくるまったままの先生が、芋虫のようにもぞもぞと這いずりながらオレの雪洞を覗く。

「…でっか!何人用の雪洞なのよコレ…10人くらい入れるんじゃないの」
「でかいだけじゃないぜ!家具もつくってみた!これがテーブルな!んで、こっちがオレの椅子で、あっちが先生の椅子。なんていうの、こういうのってもう二人の愛の巣ってやつだよな!ほらほら先生、座ってみて!」
「結構デス」
「そんなこと言わないで!あ、パックンの椅子もちゃんとあるぜ!」

先生のシュラフからモゾモゾと顔を出したパックンを捕まえて、無理やり椅子に座らせる。

「どう?」
「尻が冷たい。腰が冷えてリウマチに響く」
「あそっかごめん、これでどう?」

雪の運搬に使っていたツェルトを椅子の上に敷き、余った部分でパックンの身体を覆って座らせる。
ツェルトでぐるぐる巻きにされたパックンが、不機嫌極まりない表情で雪洞のなかを見回す。

「こっちの椅子はなんじゃ?」

隣に並んだちいさめの雪の椅子を見て、パックンがたずねる。

「あ、それはビーバー用!」
「ビーバー…?」
「吹雪の中を避難してくるかもしれないだろ?」

オレ、えらい?と胸を張って言ったら、カカシ先生が芋虫みたいにシュラフに包まったままでモソモソと頭を掻く。

「…あのね…あの……んー……ま、いいや……」

カカシ先生がなにやら達観したかのような表情で天井を仰ぐ。

「あー…とりあえず、雪洞作りは合格かな」
「やった!っつか腹減った!先生せっかくだからこのテーブルで一緒になんか食べようぜ!っていっても兵糧丸しかねえけど」
「これでも食べてなさい」
「おおおチョコレート!雪山遭難ってかんじだな!」
「遭難してどうすんのヨ…」

先生のついた盛大な溜息が、怪獣のはく火焔のように白く煙る。

「俺はもうひと眠りするから、おまえも吹雪がやむまで身体を休めてなさいネ」
「じゃあ一緒に寝よ!オレ、ベッドも作った!ほら!」
「遠慮する。俺は自分の雪洞で寝るから」
「えー、そんなこと言わずにー」
「ここは広すぎて寒いんだよ」
「じゃあオレが先生の雪洞にいくってばよ!」
「来なくていい」
「なんでー」
「おまえはそっちの雪洞で待機して、ビーバーが避難してきたら助けてあげるんデショ」
「あ、そっか、ビーバーが来るかもしれねえか。しょうがねえな、わかったってばよ!」
「………」
「ん?なに、せんせ?」
「いや、なんでもない……」

先生がくれた板チョコの包みをビリビリと破いて、歯を立てる。
寒さでカチカチになっているチョコレートが、パキンと折れる。

「先生も食べる?」
「いや、いいヨ」

先生がもぞりもぞりと芋虫状態で自分の雪洞へ戻っていく。

「……あーそうだナルト、起きてるなら報告書書いといてくれる?」
「りょうかーい」

先生の姿が見えなくなった、とおもったら、ばさばさと雪で通路の穴が埋められていく。

「ちょ、なんで塞いじゃうの?!」
「隙間風が入ってきて寒いんだよ」
「だからオレがあっためてあげるって…」
「結構デス」

ひんやり氷よりも冷たい声音を最後に、穴がふさがれる。

「…懲りんやつじゃの」
「うわっ、パックン居たんだ?」

あきれ返ったようなパックンの視線を浴びつつ、しんと静かになってしまった大きな雪洞のなかで、灯したランプの下に報告書を広げる。
パキンと折ったチョコレートをくわえつつ、ペンを握る。
パックンはツェルトに包まったままで、結構居心地よさげにウトウトしはじめている。

「えーっと、今日何日だっけ」
「14日」

あくびをしつつ、パックンが教えてくれる。

「んー14日……っ?!」

ばっと立ち上がって、パックンに詰め寄る。

「何月の??」

そんなこともわからんのかという顔をしたパックンが、二月じゃと面倒くさそうに答える。

「って、ちょ、せんせ!」

あわてて壁際に駆け寄るけれど、先生の雪洞とつながる穴は埋め戻されているし、いつのまにかスコップもなくなっている。
ドンドンドンと雪の壁を叩いてみるけれど、厚い壁の向こうからは反応がない。

「せんせーっ」

雪に声が吸収されて、響かない。

「せんせー、カカシせんせー、チョコありがとーっ!」

声を限りに叫んでみる。

「せんせー、愛してるーっ!」
「うるさいわ馬鹿者!」

パックンにとび蹴りされて、くわえたままだったチョコレートをおもわず飲み込む。
尖ったチョコの破片は、一瞬のどに鋭く突き刺さり、やがてやわらかく溶けていく。

その甘さに胸がいっぱいになりながら、ああもうカカシ先生を超えるにはオレはまだまだ修行がたらないってばよおおおおっ、としみじみ実感した。

fin. (20100228)


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