鍋 (カカシ先生とデートシリーズ#9)
カカシ先生と鍋をした。
デートだ。
子どものころから任務ばっかりで休日の遊びというものを知らない先生に、オレが冬の鍋の楽しみってものを教えてあげるんだ。
もちろんちいさなキッチンにふたり寄り添うように並んで鍋の支度をしながら「ナルト、あーんして?」「あーん」「どう?味付け薄い?」「いいやバッチリだってばよ!」なんて新婚さん気分を味わってみたり、鍋から立ちのぼる湯気にほんのりと赤らむ先生の目尻や頬をたっぷり鑑賞したり、むしろエプロン姿の先生のあんなとことかこんなとことかお味見させてもらったりなんかしちゃいたいっていう、魂胆っていうか願望っていうか男のロマンは、あるよなフツウ持っちゃうよな?
なんたってデートなんだから!
うちには大きい鍋なんてないよ、という先生のためにまずは土鍋を買って、白菜、舞茸、鶏肉、豚肉、牛肉、豆腐といった具材をスーパーで仕入れて先生の部屋に向かう。
「さあ、鍋するってばよ!」
「えーホントにやるの?めんどくさいヨ…」
「まあまあ、後片付けはオレがするからさ!」
ソファで本を読んでいた先生が、しかたなさそうに立ち上がる。
「やれやれ、じゃあ俺野菜とか切るから、おまえ出汁の準備してよ」
「はーい!ってそういえばオレ、鍋の出汁のつくりかたわかんなかった!」
「テキトウでしょ、鍋なんて…」
とりあえず新品の土鍋を洗って水を張る。
先生はおもむろに包丁を持ち、オレが買ってきた具材をザクザク切りはじめる。
「先生、エプロンとかしないの?」
「いらないよ。オレがこの程度のもの切るだけで服汚すわけないでしょ」
まあそうだろうけどそれじゃオレの男のロマンが…と言いかけたところで先生の手にする包丁がキラーンと不自然なほどに光り輝いたので、あわてて口をつぐむ。
ここでヘソを曲げられたら困るんだ。
鍋はまだまだ始まったばかりだってばよ!
昆布を入れて土鍋を火にかける。
テキトウってなにいれたらいいんだっけ。
鍋の出汁がどんな味だったか、一生懸命おもいだす。
「醤油いれて…、あと塩とかか?」
「ナルトそれ砂糖じゃない?」
「え?」
手にしていた調味料入れのラベルを確認しようとして、はずみで中身を土鍋にぶちまける。
「げーっ!!砂糖はいっちゃった!」
「バカだねえ…」
「うわ、甘っ」
お玉ですくってみた出汁は、まるで醤油味のジュースのようだった。
「うえーどうしよう!これ、塩いれたらなんとかなるかな?」
「いやいや、間違えて砂糖いれちゃったときに塩で誤魔化そうとするのは逆効果なんだって。もっと複雑な味のものでないと中和はできないらしいよ…これいれてみたらどうだろう」
先生が冷蔵庫から味噌を取りだす。
「おお、さっすが先生!味噌鍋ってあるよな!あれ、でもこれ、ちょっとしか入ってねえじゃん」
「あー買ってくるの忘れてた」
「足りんのか、これで…?」
容器の隅にかろうじて残った味噌をこそげ取るようにして土鍋にいれる。
出汁がほんのすこしだけ茶色に変わる。
「どう?」
「まだ甘ったるいってばよ」
「肉とか野菜いれたら甘味が薄まるんじゃない?」
先生が切ったばかりの具材をいれていく。
土鍋の中が野菜と肉とで彩られて、見た目は鍋らしいかんじになっていく、が。
「どう?」
「んー、なんかまだ薄甘くてイマイチ」
甘ったるさは弱まったけれど、全体に味も薄くなりすぎている。
ちょっと腕組をして考え込んだ先生が、じゃあこれを、と冷蔵庫から取り出したビンの中身をポンと鍋にあける。
「なにそれ?」
「イカの塩辛」
「えー!」
そりゃ海鮮鍋ってあるけど、塩辛って鍋にいれるのか??
「ちょ、なんかすっげえしょっぱくなったってばよ!」
「そう?こまったねーえ」
「もうちょっとこう、普通に味付けに使いそうなもんねえの?酒とかさ…」
「日本酒は昨日飲んじゃったのよね……じゃ、これで」
先生が缶のプルトップをプシュッと開けて中身をドポドポと注ぐ。
「先生、それビール!」
「あ、サキイカもどうかな、つまみに買っといたんだけど」
「ぎゃ、待っ…!」
止める間もなくサキイカが鍋のまんなかにドンと一袋つっこまれる。
「せんせ!そんな何でもかんでも投入すんなって!」
「トーニュー?豆乳はないなあ。ヨーグルトでどう?」
ダクダクという音とともに出汁が白色に変えられる。
なんで豆乳の代わりがヨーグルトなんだよ!
色しか似てねえじゃねえの!
っつかもうどこに突っこみいれていいのかわかんねえってばよ!
「ほらほら、味見してよ、はい、あーん」
「ぐええええ…っ」
「どーお?」
「苦くてしょっぱくて酸っぱくて…うええぇ」
「んー?ってことは甘みが足らない?なにか甘いものあったかな…」
冷蔵庫を覗く先生の姿に頭を抱え込む。
だめだこれもうぜったい修復不可能!
「オレちょっとスーパーまでひとっ走りして鍋の出汁買ってくるってば!」
「なにいってんのよ、これちゃんと食べられるじゃない」
「って、もうヒトの食いもんの味じゃねえってばよ!」
「大袈裟だねーえ。昔は任務のときとかもっとすごいあれこれ食べさせられたたもんよ?いまみたいに補給経路がととのってなかったからねえ。山のなかで供給ストップするなんてしょっちゅうあったからもう自給自足でさー」
「兵糧丸とかなかったのかよ?」
「それはあったんだけど、兵糧丸って飽きるじゃない?だからみんないろいろ狩ってみるのよネ。待機中とかヒマだし。石ころでトンビ打ち落としてみたり罠仕掛けて野兎を捕まえてみたり」
「はあ」
「野営の時にはたいてい鍋係ってのがいて、みんなが捕ってきたもんを責任もって煮込むのよ。日によって鍋の汁の色が緑だったりオレンジだったり、カラフルだったなー」
「腹壊しそうってばよ…」
「ああ、けっこう大丈夫なもんよ?キノコとかは危ないからなるべく避けるし。あ、でもいっぺんカエル捕ってきたやつがいたんだよね。知らずについ食っちゃって。味は鶏肉みたいであっさりしてて悪くないんだけど、しばらくガマ吉が口きいてくれなくなっちゃってさあ、タイヘンだったヨー」
腕組みをしたまま、先生がちょっと遠い目をする。
「ま、そういうわけでね、ここに入ってるのなんて食材として店に売ってるものばっかでしょ?食べられないわけないじゃない」
「それは…そうかもしれねえけど…」
「じゃ、食べよっか。肉にも火が通ったみたいだし」
ぐつぐつと煮える鍋の中身はなんだかさっきよりも黒味が増して、地獄絵図のように見える。
なんとも形容しがたい匂いが、部屋のなかに立ち込めている。
できるだけちいさめの椀に二人分をよそって、先生と向かい合わせに腰掛ける。
いただきます、と手を合わせる先生にならって奇跡を祈るような気持ちで目を閉じ両手を合わせる。
どうか神様食っても死にませんように…!
覚悟を決めて目を開けると、いつのまにか先生の椀は空っぽになっていて、すいと口布を戻した先生がご馳走様と両手を合わせる。
「先生もう食ったの?味は…?」
「んー?そうねえ、塩化ナトリウムと乳酸、カプサイシン、テオブロビンなんかの成分がはいってるねえ」
「なにそれ!そうじゃなくってよ、旨いかどうかって訊いてんの!」
「食事っていうのは栄養分の摂取が目的でしょ?旨さなんてどうでもいいじゃない。ちゃんとビタミン、ミネラル、炭水化物、たんぱく質、脂質は摂取できたヨ。でもおまえ肉ばっか買いすぎだよ、野菜が白菜しかないから食物繊維がちょっと足らないネー!」
「ああそうですか…」
げんなりしながら箸を手にする。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
おそるおそる椀に口を付けると、甘くて苦くて酸っぱくてしょっぱい味が濁流のように喉の奥へ押し寄せてくる。
鼻をつまんで息を止めて、飲み込むようになんとか椀を空にする。
胃のなかが脱水中の洗濯機のようにぐるぐる渦巻いているような気がする。
「ぐう…ゴ…ゴチソウサマ…っ!」
「ナルト、おかわりは?」
「いや…もう……胸がいっぱいで」
「そう?いっぱい余っちゃったな…2、3日これで晩御飯かな…」
もそもそと頭を掻きながら呟く先生を横目にしながら、しばらく先生の家には近づくまいと心密かに決意する。
じゃあ片付けよろしくね、とひらひら手を振った先生が、ソファの定位置に戻って本を開く。
胃が重くて逆流おこしそうだ。
のろのろと立ち上がって、テーブルのうえの土鍋を台所へと運ぶ。
これ、こっそり土鍋ごと捨てたら怒られるだろうか?
恨めしくゴミ箱を覗いたら、なかに綺麗な箱が捨ててあった。
焦茶色の地に箔押ししてある金色の文字は、見間違えようもなく…
「先生、これ、チョコレート…!!」
「ああ、それ?なんか2月14日までの期間限定チョコレートショップなんだってさ。このまえサクラに強引に連れて行かれたのよネ。買えって煩いもんだからひとつ買って、おまえにあげようかとおもったんだけど、さっき甘さ足りなかったから」
「お、あ、えええええ…???」
あわてて土鍋のなかを覗きこむ。
そういえばちょっと黒っぽいような…?
「チョコ…いれたの…?このなか…??」
「うん、おいしかった?サクラが里でいちばんお奨めってすごい力強くいってたやつだからネ!」
「のああああ!!」
土鍋をかかえてもちあげる。
揺らしてみたところで、チョコらしき形はみえない。
ぜんぶ出汁のなかに溶けちゃったんだろう。
ああああ、オレのチョコ!
「しかしまあ、なんでサクラはあんな強引に俺にチョコレート買わせたがったんだろうねえ。誰かの差し金かねえ」
しかもなんかバレてるし!
せっかくすんごい頑張ってサクラちゃんに協力してもらったのに!
抱えたままの鍋の中味を諦めきれない気持ちで見つめる。
これ、ぜんぶ出汁飲んだらチョコ先生とふたりで食べたことになるだろうか?
くそう、オレのチョコ、ひとかけらも残してなるものか!
「ナルト?」
「ぐおおおお…!」
呻り声を上げながら、土鍋に直接口をつけて中味を飲み込んでいく。
複雑に混じりあった肉と野菜の味のなかに、かすかに残るほろ苦い甘みを必死で追いかける。
なんだか脳味噌の中までもが、表現しようのない味でいっぱいになっていく。
「ふうん、そんなにそれ気に入ったんだ、よかったねーえ」
のほほんと呟く先生の声を濁流に飲み込まれていく意識の端に聴きながら、この人を超えるにはオレはまだまだ修行が足らないとしみじみ実感した。
fin. (20110213)
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