日を暮らす: す


「なあ先生、ほんとに壊すの?」
「ん、どうぞー」
「このままにしておいたら、駄目?」
「このままにしててもそのうち崩れるヨ。だったらひとおもいに壊したほうがいいでしょ」
「だって先生せっかく作ったのに」

のんびりと過ごした休日の夜、テレビで放映されていたドラマのクライマックスについ夢中になって我を忘れて見入ってしまって、気がついたときにはすぐ隣にものすごいタワーが出来上がっていた。
トランプタワーだ。
フローリングの床からソファに腰掛けたオレの目の高さまで、危ういバランスを保ったトランプが何層にも積み上げられている。
トランプが足らなくなっちゃったからここまでしか作れなかったよ、と先生はなんでもないことのように言ってのほほんと笑っているが、タワーに気付いた瞬間からオレはもう動けない。
だって下手に動いたら壊しちまう。
すげえよ、オレ二段にだって組めないのに、これいったい何段あるんだろ。

「いつまで固まってるのヨ。そんな息まで止めてたら酸欠になるでしょ」
「だって緊張するってば…!」
「だから崩していいって言ってるじゃない」
「もったいねえよ!」

ふっと先生が溜息をつく。
そしてオレの顔をしばらくじっと眺めて、やわらかく目を細める。

「あのねえ、どれだけ積んでみたところで、これはいつかは壊れるものなんだよ。そんなのわかって作ってるんだし、どうせ崩れるならおまえに崩してもらいたいと俺はおもったんだけど」

イヤだった?と、先生が小首をかしげる。
長めの銀髪が、色の白い頬にふわりとかぶさる。
その肌につい触れてみたくなって手を伸ばしかけて、ふたりのあいだにあるタワーに阻まれる。
崩していいよ、なんてなんでもない口調で言われているのに、なんでこんなに懇願されているかのように感じるんだろう。
どうしてオレは、こんなにも躊躇ってるんだ?

先生に向かって伸ばしかけた手を引っ込めて、大きくひとつ息をついて、それから一番上に積まれたカードをおもいきって指先でピンッと弾く。
一瞬ふらりと揺らいだタワーは、しゃらしゃらしゃらと軽い音を立てて、あっけなく崩れ去った。
ありがと、と何故か礼を呟いた先生が身を屈めてカードを一枚拾いあげるのが、堪らなくなってその身体を引き寄せて抱きしめる。

「なに?どしたのー?」
「な、せんせ、ババ抜きやろう」
「ふたりで?」
「七並べでもいいよ。とにかくタワー作るのはもう禁止な。なんか心臓にわるい」
「なにそれ」

クスクス笑いながらもオレの腕のなかから抜けださずにいてくれる先生が、ふいに拾いあげていたカードを裏返す。

「スペードのエースだ。またいちばん初めからってことかな」
「え?」
「なんでもない」

よくわからないことを呟いた先生が、オレの肩越しにトランプのカードを投げ捨てる。
それから見落としそうなほどに微かな笑みを浮かべて、ババ抜きよりはポーカーがいいかなあと囁いて、オレの肩口にコトンと額を乗せた。


す  すべてのおわかれより、ひとつのであいのために
(20120818)

fin.


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