しずく


ぴしゃ、と跳ねた白いしずくが、銀色にかがやく睫毛にふちどられた、傷のあるほうの瞼の端に落ちた。
ほんの一瞬そこで儚い球体を形づくったしずくは、重力という名のあらがえぬ法則にしたがって、つうっと肌をすべりおりる。
濁った重みのあるしずくは、なめらかな肌のうえに白い軌跡を描く。
震えるように羽ばたく長い睫毛の、その下に。

あまりの卑猥な光景に、ゴクリと唾液を飲みこんだ音がやけに大きく響いた。
パシパシと前後に揺震していた動きを止めたまま、息をするのも忘れて見つめる。
頬をつたって輪郭あたりでためらうかのように留まった白濁は、ふいにすうっと消えゆくように首筋へと流れる。
どうにもたまらず吸い寄せられるようにその細い首へ唇を近づけると……

「痛ッ」
「なにやってんの、おまえ」

バシッと手のひらで頭を叩かれる。
一発では気が収まらなかったらしく、バシバシとさらに何度かの攻撃をくらって、しかたなくすこし身をひく。

「だってさ、掛けちゃったから。舐めて取ってあげようかと」
「変態か」
「美味そうだってばよ?」
「いくら美味しくても、他人の顔に飛ばしたのを舐めるバカはいないデショ」
「いるってばよ、ここに!」
「阿呆か」

ぐいっと男らしく手の甲で、頬に垂れたしずくの跡を拭ってしまう。ああもったいない、と叫んだらけっこう本気の拳が飛んできて、おもわず手にしていた紙パックをテーブルに取り落としてしまう。
よく振ってお飲みください、と書いてある、ヨーグルトドリンクの500mlパック。

「わ、やべ、こぼれる」
「おまえねえ…だいたい、そういうのは開封する前に振るものデショ。開けてから振るからそこらじゅうに飛び散るんじゃないの」
「だって振るの忘れてて開けちまったんだってばよー」

口を尖らせながらも、さりげなく先生の首筋を盗み見る。
かすかに、だけど確実にまだ残っている白濁の軌跡。
どうにかして触れたい。
指先で、あの白く儚い線を、辿ってみたい。

舐めたい。

「……おまえ、もう俺の半径1m以内に近づくなよ」
「え!なんで!」
「なんか企んでる顔してるから」
「企んでないってばよ!なんとかして舐めたいっておもってるだけだってば!」
「前言撤回。半径5m以内には近づくな」
「えーっ、ちょっと待ってってば…」

逃げるように椅子から立ちあがって洗面所に向かう先生を、慌てて追いかける。
洗い流されてしまう前に、なんとしてでも捕まえたい。

紙パックに残った499.9mlよりもぜったいに美味しい、0.1mlのしずくの軌跡を味わうために。

fin. (20121017)


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