割り込む隙もない


「…割り込む隙もねえってばよ」

がっくりと肩を落として、呟く。
見おろす視線の先で、カカシ先生が七匹の忍犬にみっちりと囲まれて、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。


***


久しぶりにカカシ先生と組んだ任務は、はっきりいって楽勝だった。
いや諜報任務だったから、そもそも勝つも負けるもないんだけど。
オレが今回のツーマンセルの相手だと知った途端に先生はあきらかに嫌な顔をして、「人選ミスだ!」とか「頼むから騒がしくしないでネ」とか全然信用のないセリフばっかり言っていたけれど、オレだってもうコドモじゃないんだから静かにするべきところで口閉じていることくらいできるってばよ!

実際、任務は大成功だった。
たぶんあの成金屋敷の爺さんや、うじゃうじゃと巣の中のアリみたいにやたらとたくさんいた警備の兄ちゃんたちはまだ誰も機密文書がこっそりコピーされたことに気づいていないだろう。
オレが口閉じておくことにばっかり集中していてうっかり踏み抜いちゃった天井板も、ヤマト隊長直伝のDIYで修理しておいたから当分のあいだはバレないだろうし!

白昼堂々と機密情報を盗み出すことに成功したオレたちは人目につかない渓流沿いの岩場にまで移動して、先生の写輪眼でコピーした文書を巻物に書き直し、それを呼び出した忍犬に依頼先まで持っていってもらった。
任務はもう完了したも同然だ。
そんなときに先生が「俺、眼使ってちょっと疲れちゃったから、休ませて?」なんて言ったんだから、そりゃ期待するよな?
期待ってそんな疲れている先生にあんなこととかそんなこととかしたいだなんてことは言わねえってばよ。
でもさ静かな小川のそばで二人きり。
木陰を渡る風は涼しくて、岸辺には白やら黄色やらのちいさい花が揺れている。
ここで寄り添いながら寝転がって、オレのたくましい腕を枕にコドモのように安心して眠りにつく先生の寝顔を眺めるってのが、愛っていうか幸せっていうやつなんじゃねえの?

なのにオレがちょっと目を離したあいだに、先生はさっさと眠ってしまった。
しかも忍犬にがっちり隙もないほど周囲を固められて。
そうだよ、そもそも伝達だけなのになんで八匹全部呼び出すのかと思ってたんだよ。
枕と布団のかわりかよ。
それともバリケードも兼ねているのかよ。
くそう、ぜったい先生の添い寝役はオレが奪い取ってやる!

というわけで、手始めに先生の腹の上で眠るいちばん貫禄あるパグ犬に、そっと声をかける。

「なあパックン…お願いがあるんだけど」
「なんじゃナルト。金なら貸さんぞ」

閉じていた目を片方だけ持ちあげたパックンが、面倒くさそうに言う。

「違うってばよ…その、ちょっと場所移動してくんねえ?」
「何故?」
「なぜってそりゃそのええっと…あそうだ、パックン最近リューマチで腰が痛むって言ってただろ?ここ日陰だからさ、向こうのもうちょっと日が当たってあったかいところで寝たほうが腰にはいいんじゃない?オレが向こうまで運んであげるからさ。こないだラーメン代貸してくれたお礼だってばよ!」
「そんな礼などいらんから早く金を返せ」
「いやそれもすぐ返すからさ…な、ちょっとだけ移動して!」

不機嫌なパックンをなだめすかしながら抱き上げて、すこし離れた日当たりのいい草の上におろす。
文句を言っていたわりにパックンはふああと大きなあくびをして、こりゃあたたかいのうと呟きながらまた目を閉じる。
カカシ先生の腹部分クリア!
次は左足だってばよ!

「えーっと、グリコ?」
「グルコです」

カカシ先生の左足に沿うように寝そべっていた垂耳の犬が、ちろっと目を開ける。

「あそうだったゴメンゴメン。いつも任務お疲れさんだってばよ!そろそろ喉とか渇かない?向こうの川辺で水でも飲んだら?俺が連れてってやるってばよ、グレコ!」
「グルコ、です。喉は渇いていません」

きっちりと額宛を巻いた頭をツンとそらせて、冷たい答えが返ってくる。
しまったヘソ曲げちまったってばよ。

「まあそう言うなって、グ・ル・コ!この辺けっこう上流だからさ、水澄んでてすっげえ旨いって!だまされたと思って飲んでみろってばよー!」

返事も聞かないまま腕を伸ばすと、垂耳犬は迷惑そうな顔をしながらもおとなしく崖下の川辺まで運ばれてくれた。
よし、これで二匹目クリア!

「ゆっくり味わって飲めよな、グヌコ!」
「………」

ぺちゃぺちゃと音を立てて水を飲んでいた垂耳犬が一瞬身動きを止め、はああと諦めたように溜息をついてふたたび川面に鼻先を突っこむ。
あれオレまた名前間違えたか?
グジコだったっけ?

カカシ先生のそばに戻って、次は右足側の犬に声をかける。

「アキノ、あのさあ、ここちょっと眩しくねえ?だんだん木陰も移動してきたし、もうすぐここ日向になっちまうってばよ?オレが日陰まで運んでやるよー」

サングラスをした忍犬が、ぴくぴくと耳を動かす。

「そうか?すまんなナルト。実はさっきから木漏れ日がちらついてかなわなかったんだ」
「お安い御用だってばよ!こっちでいいか?」

嬉々として抱き上げて、川原の岩陰におろす。

「ここはちょっと沢音がうるさすぎるな」
「おおわりい、じゃあこっち」
「ここは岩がゴツゴツして痛い」
「んじゃこっちは?」
「笹百合の匂いがキツすぎる」
「じゃあこっちでどうだ!」
「ここは風水的にイマイチ…」

さんざん歩きまわったすえに、ようやくすこし離れた洞窟のなかのやわらかな苔の上をお気に召して、アキノが腰を落ちつける。

「すまんなあ、ナルト」
「い…いやあ…お安い…ごようだってば…よ」

ぜいぜいと肩で息をしながらまたカカシ先生のいる木陰までの斜面を登る。
次は右腕側!

「俺はここを動かないぞ」

オレが口を開くより先に、丸く縁取られた細い目をするどく眇めた犬が言う。

「えーっと…ビスケ?え、なんで?」
「なんでじゃねえよ。どうしてカカシが俺たちを呼び出したと思ってるんだ?カカシが眠っているあいだ見張りをしておくためじゃないか。万一追っ手がきたらどうすんだ?」
「や、せんせーの安全はオレがしっかり見守っておくから…」
「なに言ってやがる、鈍感野郎のくせに」
「ど、どんかん…?」
「カカシもこのあいだ溜息ついてたぞ、『ナルトってホント鈍感なんだよネ』って」

カカシ先生の声色にドキッとする。
ええちょっとその言い方は色っぽすぎるっていうか、なにオレまさか期待されちゃってたときに気がつかなかったとかそういうもったいないことしちまったとか?
カカシ先生すっげえツンデレだからな。
もしかして今のこのガードの固さも実はツンなポーズで、本当は心のなかでオレの添い寝および腕枕を待ち焦がれているとか…?

「わかったよ、ビスケ!オレ、頑張るよ!!」
「はぁああ?」
「だからおまえはこっちの木の上で見張っててくれな!それに追っ手はきっとまだ大丈夫。オレの天井板修理は完璧だから、当分のあいだターゲットのおっさんたちに気づかれることはないってばよ!」
「ちょっ…ナルト…!」

超高速でビスケを見晴らしの良い木のてっぺんに置いて、カカシ先生のもとに戻る。
カカシ先生の左腕側に寝そべった、頭頂部の毛を逆立てた忍犬がにやにやと見上げる。

「恋する男はたいへんだねえ」
「カカシ先生への愛がオレの原動力だってばよ、シバ!」

胸を張って言ったら、シバがフフンと笑う。

「若造だな。情熱だけじゃ愛は手に入れられないんだぜ。おまえに欠けているものを教えてやろうか?」
「…なんだってばよ?」
「それはな、ルックスだ」

ええええーっっと大ブーイングをしようとして先生が寝ているのを思いだし、小声で文句をつける。

「オレ男前だってばよ!」
「顔のデキのことだけじゃねえよ。もうちっと身なりに気を使えって言ってんだ。カカシだってああ見えて毎朝かならず二十回以上髪をブラッシングしてるんだぜ」
「それ、単に寝ぼけてぼーっとしてるから二十回ぐらいやっちゃうんじゃねえの?」

カカシ先生が朝あらぬ方向見ながら三十分ぐらい歯ブラシくわえてたのも見たことあるってばよ。

「ともかくな、そんな頭にクモの巣つけたままで平気でいるようじゃ恋を手に入れることはできねえってことさ」
「クモの巣…?うわ、ネバネバだ!」

頭のてっぺんから後頭部にかけて、ねっちょりとクモの糸がくっついている。
さっき踏み抜いた天井板を修理したときに巣にひっかかったんだろう。

「うわー、取れねえ!」
「ちっちっ、だから若造はダメなんだ。そういうときはその粘着質を逆手にとるのさ。そのまま髪を上にもちあげてみろ」
「こう?」

クモの巣のついた手で梳きあげたら、髪がツンと立ちあがった。
シバと同じ髪型だ。

「そうだそれこそが恋に効くヘアスタイルだ。これでおまえもモテモテさ。というわけで、俺はあそこのアケビが巻きついた木のところへ行きたい」
「おうってばよ、大師匠!」

紫がかったアケビが鈴なりに実った木枝の先に連れて行ったら、シバはものも言わずにがつがつと白い果肉を食べはじめた。

「なあシバ、カカシ先生オレのこの髪型気に入ってくれるかなあ」
「…そりゃ…ま…だいじょうぶなんじゃねえの…似合ってる似合ってる…あ、これやるよ…んじゃ頑張れや…」

振り向きもせずにアケビの実をひとつ投げてよこしたシバが、果皮をペッと吐き出してまた次の実を齧りだす。
ご自慢のタテガミにまで果汁と食べかすを撒き散らしながらアケビを貪る姿に、なんだか一抹の不安を感じつつ、カカシ先生のところへと戻る。
クモの巣ジェルに引っ張られて、髪の根元がチクチク痛い。

「お〜い、ウルシ…」

カカシ先生の右肩あたりに蹲ったコワモテのウルシは、しっかりと目を閉じて寝ていた。
ついさっきまでオレと他の忍犬たちとのやりとりを薄目を開けて窺っていたのに。

「なあ、ウルシ…」
「ぐお〜ぐお〜」

わざとらしい鼾がきこえる。
全身でかかわり合いになりたくないと主張しているようだ。

「わるいけど、ちょっと寝場所を移動させてくれよ…オレ、どうしてもカカシ先生に腕枕してあげたいんだ…」
「ぐおお〜ぐおお〜」
「ええっと…あっちの木陰でいいかな…」
「ぐお〜ぐお〜」

そっとウルシを持ち上げて、すこし離れた木陰に降ろす。
いつもは刺すような鋭い目つきをしているのに、目を閉じているとなんだか表情がやさしく見える。
といっても閉じた口端からは尖った長い牙が二本覗いているんだけれど。

「ありがとな、ウルシ…。あ、これよかったら食べてくれよ。ここに置いとくからさ…」
「ぐおお〜ぐおお〜」

あくまで寝たふりをしていてくれる忍犬の足元にアケビの実をひとつ置く。
さあ、残るは、あと、一匹!

「ワシは移動するのかまわんから、カカシの枕だけなんか用意してやってくれ…」

カカシ先生がもたれかかった巨大な忍犬が、ぼそぼそと言う。

「さっすがブル、話がはええってばよ!枕はオレのこのたくましい腕…なんだけどまずとりあえずはこれで代用するってばよ!」

上着を脱いで適当な大きさに丸めて、先生の枕代わりにする。

「さあ、ブル!おまえはどこへ行きたい?」
「いや、ワシは自分で適当にその辺へ行くから…」
「なんだよ遠慮すんなよ!行きたいところが決まらないなら、おまえも水場にしとく?グンコ旨そうに水飲んでたってばよ!」
「グルコじゃろ…いや、ワシはほんと…」
「ほらほら、じゃあいくってばよ、うりゃあっ!」

両手でブルの巨大な身体を担ぎあげる。
ずぶっと地面に足がめり込むような気がする。
重い。
ハンパなく、重い…!

「ま、待てナルト、無理じゃて…」
「だいじょうぶだっ…てばよっ…これもっ…カカシ先生に…腕っ、枕……っ!」

よろめきつつ足を踏み出す。
一歩、また一歩、そうだ俺には絶対折れないド根性があるんだってばよ!
でもクモの巣ジェルで立てていた髪は、ブルの腹の重みでぐしゃりと折れた。
重力に従って力なく垂れさがった前髪の一房が、鼻先をくすぐる。

「ふ、わっく…っ!」
「わ、おいナルト、降ろせ…!」

いやいやここでクシャミしたら俺の負けだ。
俺だって口閉じておくところでは口閉じておけるんだ。
クシャミぐらい我慢できなきゃ忍じゃねえ!
根性だっ!

ぐっと歯を食いしばったとたんに、足元がずるっと滑った。

「う、わーっ!!」
「おおお……!」

地面にまき散らかされたアケビの果皮に足をとられたまま、まっさかさまに崖下に落ちる。
スローモーションのように視界を横切っていくブルのでかい腹と青く澄んだ空の端で、我関せずとアケビの皮をぷふーっと吐き出すシバの突っ立った髪の残像が、ただくっきりと網膜に焼きついた。


***


「七匹目…完了…お待たせカカシせんせ…」

落っこちた川で全身ずぶぬれになったままヨロヨロとカカシ先生の元へと戻ったら、地面に胡坐をかいてすわったカカシ先生が、全身に包帯を巻いた忍犬となにやら話をしていた。

「…一匹増えてるっ!」
「なにやってんの、ナルト…びしょ濡れじゃない」

すっかり目を覚ましたらしい先生が、呆れた声を出す。

「ウーヘイが密書届けてきてくれたから、そろそろ帰るヨ?」
「な、待って、ちょっと、そりゃないってばよ!腕枕!」
「は?」
「いや、だから…!」

ここで「先生オレの腕枕待ってたんじゃないの」なんて言おうものなら、ツンデレな先生に「そんなわけないでショ」とあっさりかわされるだろうことは学習済みだ。

「せんせ、オレまだぜんぜん休憩してなくって、もうちょっと休ませて欲しいっていうか…」
「んー?ああもう、しょうがないなー。ずっとブルたちと川遊びしてたんデショ?なんだかんだいってオマエもまだまだコドモなんだネ…」

なんだか嬉しそうな顔をした先生が、おいでおいでと手招きする。
やった、ついにメルヘンゲット!

先生が寝ていた木陰に自然体を装って横たわったら、すいと温かな体温が寄り添った。
さりげなく伸ばしたオレの左腕に、コトンと乗せられる軽くちいさな頭。
ハフハフという息遣い…ハフハフ?

うすく目をあけて隣を見たら、至近距離でウーヘイが耳まで届きそうな口端を引きあげてニッと笑った。

「30分たったら出発するから。それまで仲良く寝てなさいネ」
「ちょ、せんせ…!」
「図体ばっかり大きくなったけど、こうやって見るとオマエもまだカワイイもんだネ…?」

オレを見おろす先生が、まるでぬいぐるみを抱いて眠るコドモを見るかのように微笑ましげに目を細める。

「待って先生、オレ添い寝は先生のほうが…!」
「バカだねえ、それじゃまるきり赤ん坊デショ。おまえいくつになったのよ?ワガママ言わないで大人しくお昼寝してるんだよー?」

完全にちいさなコドモをなだめるモードの先生が、ひらひらと手を振って川原のほうへ歩き去っていく。
恋に効くはずのヘアスタイルは水に濡れてベッタリと額に貼りつき、足元は泥遊びに夢中になったワルガキ並に汚れている。
伸ばした左腕は、枕としてウーヘイにがっしりと押さえつけられたままだ。

「あー、もー、オレはコドモじゃないってばよーっ!」

むなしい叫びは樹葉をゆらすそよ風に乗り、青く澄んだ秋空の向こうへと消えていった。

fin. (20090916)


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