パンケーキの日々 [ 補習 ]

[R18]

「もう来んなよ」

そう告げたら、先生の形良い唇が、不満げにムッと歪んだ。
理論的だか論理的だか知らないけど難しくてわかんない言葉で武装される何時ものアタマのイイ反論を浴びそうな気がして、ドンッと強引にソファへ押し倒して唇を塞ぐ。
口で敵うわけがない相手なのはハナから承知だ。
そうでなくても無茶苦茶なことを言っているという自覚はある。
だけど。

かぶりを振って逃れようとする頭を抑えつけて、左唇の端にガブリと噛み付く。
驚いたように動きが止まった隙をついて、同じ場所を舌先でねとりと舐める。

舐めてやりたかった、人目があったって。
いや、人目があったからこそ、だ。

「ナルト?ちょっと、なんなのいきなり……っ」

戸惑うように掛けられた声ごと呑み込むように、もういちど口付ける。
今度はもっと深く、呼吸まで奪うように。

だって、煽ったのは、先生のほうじゃないか。


***


「や…っ、ちょっと待てってナルト……んっ」

二人掛けのソファに窮屈に押し付けられたまま、捲り上げられたシャツの裾から潜り込んできた掌に肌を弄られる。
押し返そうとする腕を難なく払いのけて、胸の先端を爪が弾く。

「っ…!」

ビクッと身体が跳ねてしまったのを、唇の端だけを歪めるように笑われて耳に熱がのぼる。
背けようとした顎を掴まれて、無理矢理開かされた咥内に熱い舌が入ってくる。
歯列をたどり、上顎の裏を無遠慮に舐められて、喉奥が震える。
胸もとをさぐる指に突起を捏ねまわされて、ピリピリとした電流が鳩尾へと伝わっていく。
身を捩ろうとするのさえ体重で抑え込まれて、動けない。
苦しい、ちょっと待ってくれと訴えてみても、耳すら貸さない。
いつもだったら無駄に喋りまくるくせに、まるで言葉を忘れたかのような唇はひたすらに肌を弄り、ところどころで、噛む。
青く澄んで輝いているはずの瞳が、逆光になった電燈のせいかひどく昏く見える。

なにか、怒っているのだろうか。
もしかして、それは。

すうっと背筋が冷えていく。
ふんわりと糖度の高い匂いが掠めた気がする。
抵抗も出来ないまま、首筋を噛まれる痛みに身を竦める。
ナルトの髪の動きに頬を擽られて、またその匂いが鼻腔に蘇る。

まだたったの数日働いているだけのはずなのに、もう染み付いてしまっているのだろうか。
胸やけするほどにふわふわと甘いパンケーキの匂いの記憶が、鼻先から離れない。

剥ぎ取られるようにシャツを脱がされて、肩口にまた歯が立てられる。
やたらと噛みつかれるのも、ナルトが怒っているせいなのだろうか。
噛んで舐められた痕がひんやりと冷えて、胸の奥までがキシキシと軋みながら凍りついていく。

十四歳も年下に嵐のように口説かれて、仕方なく受け入れてやるというポーズをとったのは、どのみち長くは続かないだろうという諦念からだ。
いまは俺が相手でもいいのかもしれない。
でもあと何年かしたら、俺ではきっと不足する。
俺を相手にしていることが社会に生きるうえの障害になるかもしれない。
いくら社会が変わろうとしているといったところで、同性と生きる道を選ぶのは甘くない。
だから、いまだけ。
リアルな世界の隙間に隠れたところで、ほんのすこしのあいだだけ。

そうおもっていたはずだったのに、どうして俺はあんな明るいところへ顔を出してしまったのだろう。

ガチャガチャとベルトのバックルが外されて、ずるりと下着ごとボトムを引き下げられた。
羞恥に制止しかけた声を飲み込んで、唇を噛んで目を閉じる。
まだ、したいとおもえるなら、すればいい。
それもそう長くは続かないのだろうから。

嚥下した感情が胸を刺す痛みは、嬲るような掌で昂められていく熱に溶かされて、どこかへ紛れてわからなくなってしまった。


***


「っ…う、ん、んっ……」

低く抑えた声が、微かに漏れる。
何度も突き入れられて揺れる身体をあやうく支えようとするように、ソファの端の肘掛を長く細い指先がぎゅうと握りしめている。
押し込む動きにつれて艶かしくうねる背中に、堪らなくなって唇をつける。
肩甲骨の浮き出た形に舌を這わせて、歯を立てる。

「っ!」

痛みに硬直する背中を宥めるように、赤く残った噛みあとをやわらかく吸いあげる。
ソファの片端で四つ這いになっている身体の前に手をまわし、張りつめて尖った中心を握りこむ。
ぐちぐちと濡れる先端を親指で捏ねると、銀色の後髪が嫌がるように左右に揺れる。

顔を見たい。
でもこんな顔は見られたくない。

なにもかも忘れそうなほど気持ちがいいのに、声を殺して震える先生の細い腰が、白い首筋が、無駄なくついた筋肉の動きが、綺麗すぎて耐えられない。
オレの腕のなかにいるのに、オレが噛痕でいくつも赤くマーキングした肌をまるで無防備に晒しながら喘いでいるのに、この部屋から一歩でも外へ踏みだしたら、先生の目の前に立つのはオレだけじゃなくなる。
その色違いの瞳にはオレ以外の男の姿も、可愛らしい女の子の姿だって映る。
低く甘く響く声で話をする相手は、オレみたいな馬鹿なガキじゃなくて、もっと気の利いた言葉を知っている人間かもしれない。
そんなあたりまえのことに、気が狂いそうになる。
顔が情けなく歪んでいるのがわかる。
胸を掻き毟りたくなるような苛立ちについ握った掌に力が籠って、先生が苦しげに啼く。
ぎゅっと後孔が締め付けられて、返礼のように呻くのはオレだ。

背中に覆いかぶさるようにぴたりと重なって、肩越しに先生の耳朶に口付ける。
滑らかな頬を舌先でなぞったら、歯を食いしばって固く閉じた唇の端がヒクッと竦む。
さっき噛んだところだ。
そこには数時間前、真っ白な生クリームが付いていた。
それを拭った親指の動きが、指を舐めとった舌先の赤く濡れた色が、脳裏をよぎった瞬間にどうにもコントロールができなくなる。
先生の細い腰をグッと深く引き寄せ、噛み殺しそこねたらしき甘い悲鳴があがるのを聞きながら、快楽の奥底へとただ突き進む。

せめてこのひとのこんな声を聴けるのはこの先ずっと一生オレだけであればいいと、焦燥に焼ききれそうな脳味噌で、馬鹿みたいに必死に願い続ける。

電燈の人工的な灯りに照らされた赤いいくつもの噛痕は、ぬらぬらと濡れて光って痛々しいのに、ひどく鮮やかで、綺麗だった。

fin.(20130902)


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