Away From The Sun

[R18]
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拒まれたことは、ない。
食事中でしょ食べ終わってからにしなさいヨ、と呆れたように額を叩かれたことはあっても、駄目だと言われたことはまだ一度もない。
ガキのころ修行を強請ったときとおなじように、猫背気味の肩をちょっとすくめるようにして、ハイハイ、と受け入れてくれるだけだ。

だからこのところずっと、先生のうちに行くたびに先生としている。
だって先生の姿を目にしたらもう、それ以外考えられなくなる。

バカみたいにがっついてる、という自覚はある。
だけど一度先生としてしまってからは、日常生活で先生のすることなすこと全部がオレを煽っているような気がしてしょうがない。
本を読みふける伏せられた睫も、椅子に寄りかかる細い肩も、箸を扱う指の動きも、食事を飲み込む喉が上下するのも、ナルトと呼びかけるやわらかな声も、どこか眩しそうにオレを見上げる青灰の右眼の色も。
なにもかもに煽られて、鳩尾にたまっていく熱を抑えることなんかできるわけない。

そしてひとたび組み敷いてしまえば、余裕なんてこれっぽっちも残らない。
明かりを消せ、という要望にだけは従いながら、抵抗されないのをいいことにさっさと服を剥ぎ取ってしまう。
電灯なんか付いていなくたって夜目はきくから、薄闇い室内でも先生の表情や輪郭は十分に捉えられる。
そんなことはわかっているだろうになんで明かりを消すことにこだわるんだろう。
照れていたりとか、してるんだろうか。

力を抜いてベッドに横たわる姿が、ぼんやりと白く浮かびあがる。
細身のからだは、たぶん一年前にはもうすこし忍らしい厚みがあったんだろう。
いまだってもちろん無駄な脂肪はまったくなくて、なにかの彫刻みたいに整っていて綺麗だ。
だけど足は動かない。
つっと太腿を指でなぞりあげればヒクリと肌の表面が震えるから、感覚がないわけではないみたいだ。
おもうように力が入れられないんだよネ、と先生は言っていた。
腕だって、器用に料理を作ったりはするくせに、あまり重いものは持ち上げられない。
片手だけで全体重を支えて崖をのぼるなんて簡単にしていたのに、いまはもう。

ベッドに投げ出されていた先生の右手を持ち上げて手首にキスをすると、逆にその腕ごと引き寄せられて、至近距離に迫った唇がオレの耳元に囁く。
やるならはやくやりなさいヨ。
甘い声が告げる甘くないことばにくらりと眩暈を感じて、勝手知ったるサイドボードの引きだしからローションのボトルとコンドームを取り出す。
はじめて先生としたあと、言われたのだ。
もしまたする気なら買ってきなさいって。
もちろんその場で速攻買いに走って、先生に呆れ顔をされた。

ああ、だけど、呆れられたってなんだっていい。
じぶんでだって呆れるぐらいだ。
ただただ、欲しい。

仰向けに横たわる体に覆いかぶさるようにして口付けると、先生が腕を持ち上げてオレの後頭部を抱える。
難なく開いた口内に侵入させた舌は、逆に先生の舌先に絡め取られる。
濡れた熱がザラリと触れ合う感触に、ズンとまた体温が上がる。
堪らない。

口付けを交わしたまま腕を下方へ伸ばして先生の中心を捕らえる。
まだやわらかなその形をなぞって握りこむと、絡んでいた舌先の動きが一瞬だけとまる。
そのままゆるゆると上下に揺すっていくと、先生が眉間にギュウ、と皴を寄せる。
そしてオレの後頭部を抱えこんでいた右腕が、ゆっくりとオレの首裏を撫で、肩甲骨の形を確かめるようになぞり、脇腹を擽るように滑りおりて、オレの固くなった先端を不意に弾く。
おもわず呻き声をあげたオレを、先生が喉奥で笑う。

「俺はいいよ、それよりこっち」

オレの手首を掴んだ掌が、両脚のあいだをぬけて更なる奥へと誘導する。
導かれるまま伸ばした指先で谷間の底の襞を撫でれば、ふっ、と先生が息を吐く。
反応に気をよくしてじわじわと円を描くように形をなぞり、爪で窄まりをつつく。
手首を掴んだままだった細い指にギュッと力がこもったのを確認して、一端腕を持ちあげ、ボトルを手に取る。
オレの手首を離した白い腕が、そむけられた顔を隠す。
その腕を押しのけるようにして口付けたら、合わせたままの唇が、はやくしなよ、ということばをかたちづくる。

ローションで濡れた人差し指を、ゆっくりと押し込む。
ビクッと強張った体が、ゆっくりと吐き出される呼気とともに、すこしだけ緩む。
まるでストレッチでもしているかのように淡々と規則正しく吐き出される呼吸に合わせて、じわりじわりと指先を進める。
あまりのキツさに指先を一度抜きだしたら、動きが急すぎたのか先生の腰がびくっと跳ねる。
ごめん、とちいさく謝って、指を更に濡らして入り口を慣らす。

静かな呼吸に、ところどころクッと息を呑む音が混ざりはじめる。
好き放題に跳ねた髪のあいだから、ギュッと寄せられた眉根がのぞく。
苦しそうだ。
先生が苦しそうにしているのに、オレの熱はぜんぶ下腹部に溜まっていく。
入りたい。
繋がりたい。
それ以外にもうなにも考えられなくなっていく。
こめかみに汗が伝う。
なけなしの忍耐力でもう一度指先を濡らし、三本目の指でなかを押しひらく。
痛みを逃すように吐きだす呼気が、揺れている。
目元を隠していた白い腕がオレの二の腕をグッと掴む。

「もういい。来い」

薄闇のなかでは濃灰色に見える先生の右眼が、濡れているかのように光る。
その目尻に唇を付けながら、なかに入っていた指をそうっと抜く。
ゆっくりとした動きでもやっぱりヒクリと強張った肩先を宥めるように撫でて、入り口に切先を押し当てる。
指で慣らしたはずなのに、先端に当たる先生の肌の温度がひんやりと感じる。
まだ足りなかったのか、それともオレが熱くなりすぎなのか。

「ナル、ト」

一瞬の躊躇を咎めるように先生が名を呼ぶ。
囁くような低いその声に、耐えていたものが吹き飛ぶ。

ズプ、と先端を突き刺し、跳ね上がった腰をかかえこんでさらに押し込む。
キツイ。
先生が口元に押し当てた手のひらが、ググッと拳の形をつくる。
力を抜いてもらいたくて先生の肌を撫でるのに、下半身と脳みその大部分はもうこの先に待っている快楽だけを求めて暴走寸前で、強張った体を宥めているはずの手のひらが見当違いのところばかりを彷徨う。
くふっと咽るような息を何度か吐いた先生が、反射的に押しとどめるように掴んでいたオレの二の腕から力を抜き、おおきく深呼吸をする。
ほんのすこし締め付けが緩み、つい勝手に腰が前後した。
わずかな摩擦が、信じられないくらいに気持ちいい。
もっと欲しい、もっと。

先生が衝撃を逃すように深い息をなんども吐き出しながら、オレを見あげる。

「も、だいじょぶ…、動け」

寄せられたままの眉、まだ強張った肩先、苦しそうで全然大丈夫じゃなさそうだと頭の隅ではおもうのに、なにもかもを許すかのような優しい指先がすいと腕をなぞってカリリと首筋を引掻き、オレの箍を完全にはずす。

抱えなおした腰の奥に向かってズズッと突き入れたら、沸き立つような快感とともに喉奥から勝手に唸り声が漏れて、ああなんかオレは頭の悪い野犬みたいだとおもいながら、ぐらぐらと沸騰した熱のなかにずぶずぶと沈みこむ。
オレだけが気持ちよくなりたいわけじゃ、ないはずなのに。


***


「……オレってやっぱ、ヘタなんかなあ」
「あー、ぶっちゃけヘタだわ」

間髪いれずに返ってきた言葉におもわず振りかえれば、キバがオレの手元を見下ろして顔をしかめていた。

「なんなんだよ、そのぐるぐる巻き!ロープの無駄遣いだろ。まだ縛り上げなきゃいけねえのが4人もいるんだってわかってんのかよ、ヘッタクソ!」

キバが指差す先には、幾重にもロープを巻きつけられて抵抗する気も失せたようなヒゲもじゃの男が一人。
その横には意識を失ったまま床にばたりと倒れている、やはりむさくるしげな外見の男たちが数名。

国境の山中を拠点に近隣を荒らしていた盗賊団を捕縛する、なんて任務は、欠伸が出るほどに楽勝だったのだけれど。

「うっせえ!ロープぐらいケチケチすんなってばよ、まだいっぱいあるじゃねーか!」
「はっ!こういうのはぐるぐる巻きつけたらいいってもんじゃねえんだよ。逃げられないポイントを効率よく縛りゃ、ロープも手間も節約できんだよ、このドヘタっぴ!」
「ヘタっぴとか言うんじゃねえ!オレのこのぐるぐる縛法は何人たりとも抜け出せねえ超絶技巧なんだってばよ!」
「なにが超絶技巧だ笑わせんな!アカデミー生でももうちょいマシな縛り方するわ、っつかさっきテメエでヘタだって認めてたんじゃねえかよ!」
「ちっげえよ!オレがヘタかもって言ったのは、セックス!」

しん、と一瞬の沈黙が落ちる。
キバの手を離れたロープが、ぱたりと音を立てて床に伸びる。
どこかで鳥がチュンチュンとさえずる長閑な声がきこえている。

「はっ…あぁあー?テッメエ任務中だぞ、なに考えてんだよ!!」
「んなの考えちまったもんはしょうがねえだろ!」
「っつか、ヘタ!絶対おまえヘタ!俺が自信を持って保証してやる、おまえは確実確定断固としてヘタ!」
「ヘタヘタ言うなっつってんだろ、傷つくじゃねえか!」
「盗賊ひとりマトモに縛りあげられねえヤツが、巧いわけねえわ!ヘタすぎて振られたのかよオマエ、情けねえな!」
「うっせえ、まだ振られてねえってばよ!」
「まだ、ってことはこれから振られんじゃねえのかよ」
「そ、んなことは…っ」

そんなことはない、とおもいたいけれど、でも相手はあのカカシ先生だ。
ある日突然、ハイもうやらないからネ、なんて言い出すかもしれないし、先生に本気で抵抗されたらできるわけないし、あれ、そもそも先生はなんでオレにあんなこととかそんなこととかさせてくれるんだろ、オレ先生に好きとか愛してるとか言われたことないような、でもそもそも先生はそういうこと言うヒトじゃないしオレが言ってもハイハイって聞き流すだけだし、だけどいっつもオレが押しかけていっても嫌な顔しないし、抵抗しないし、だからそれが先生なりの愛情表現ってヤツかとおもってたけど、やってるときはいつも苦しそうで、それってやっぱりオレとするの気持ちよくないってことで、だったらもうやめようってことになったりとかするのかもしれなくて…。

「……うっわ、マジなのか」

おもわず黙りこんだまま頭を抱えたオレの肩を、キバが躊躇いがちにポンポンと叩く。

「あー、まー、元気出せ、ナルト。ヘタでもとりあえず生きてはいけるって」

キバが慰めにもならないことを言いながら、おもいなおしたように落ちたロープを拾い、ビン、と両端を引っ張ったそのままの流れでささっと盗賊を縛り上げる。
悔しいけれどもその手際のよさは認めざるを得ない。

はあ、と溜息をつきながらぐるぐる巻きにした盗賊にさらにもう数回ロープを巻きつけて結び目を作る。
けっヘタくそ、とぼそりと盗賊が呟いたので、ガツンと殴って意識を奪う。
捕まえられたっていうのに生意気だってばよ!

「おい!馬鹿ナルト!盗品の隠し場所聞きださなきゃいけねえじゃねえか、そいつまでオトシてどーすんだよっ!」
「あ、わりい、つい…」
「ついじゃねーっつの、欲求不満だからってイラつくなって!」
「欲求不満じゃねえってばよ!やらせてはくれてるし!」
「でも振られそうなんだろ!」
「…っ」

フンッ、と鼻息荒くそっぽを向いたキバが、床に転がった最後のひとりを縛り上げる。
雑然とした隠れ家のあちらこちらに、キバが拘束した男たちが転がっている。
突入した弾みでぶち抜いた壁の割れ目から戸外の暑い陽光が差し込み、室内に舞う埃を照らしている。
オレの足元にはロープでぐるぐるに巻かれた一際むさくるしいオッサン。

はああ、ともういちど溜息をついたら、キバがちらりと振りかえる。

「っったく……。あのさあ、なんつーかそういうのって、結局は経験だろ?何回かやってりゃだんだん要領掴めてくんじゃね?それともよっぽど百戦錬磨なお姉様とでもつきあってんのかよ、おまえ?」
「お姉様じゃねえけども…」

百戦錬磨、なんだろうか?
覆面の怪しい風貌でいつもエロ本を持ち歩いていて、カカシ先生なんてモテるわけがないと子どものころはおもっていたけれど、いざこういう関係になってみれば先生の放つ色気が半端じゃないことがよくわかる。
っていうかもう完全にやられっぱなしだ。
オレのほうが突っ込んでいるはずなのに、気付けばいつだって先生の手のひらのうえで軽くあしらわれている。
男との経験だってあるようなことを言っていた。
経験値ってものが測れるならば、カカシ先生はきっとオレより全然レベルが上なんだ。
そもそも年齢からして14も違う。
追いつきたくたって限度があるのはわかっている、けれど。

「んなあからさまにヘコむなって…。ちょっとプロのお姉様の手ほどきでも受けてきたらいいんじゃね?トンボさんがそういうのムチャクチャ詳しかったぞ、 里に戻ったら訊いてみるか?」
「ヤダって、そんなんバレたら二度とやらせてもらえなくなる」
「どのみち振られる寸前なんだろ」
「寸前じゃねえっ!」

はいはいそうかよ、と面倒くさそうに片手をヒラヒラ振りながら隠れ家の扉を出て行くキバのあとを追う。
戸外へ出たとたんに、焼け付くような日差しが降りそそぐ。

キバが懐から火筒を出してマッチを擦る。
シュッと音を立てて狼煙があがり、捕縛完了の合図が送られる。
あとは盗賊を回収に来るのを待つだけだ。

見上げた空には雲ひとつなく、白煙のなごりだけがほわりほわりと漂って、やがて澄みきった青色に同化するように消えていった。

(20110810)

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