Away From The Sun

[R18]
[2]

うしろからしてみたい、と言ったら、大の字のようにベッドの上で手足を投げだしたまま仰向けになっていた先生が、ふいと顔を左にそむけた。

傷のないほうの眼の視線の先はなにもない白い壁で、表情のない横顔には好き勝手に跳ねたやわらかそうな髪が幾筋かかかっている。
だめ?と重ねて訊こうとしたら、すうと先生の右腕が持ちあがり、ぱたりと左の腕に重なる。
そのまま右の手のひらだけが、左腕に沿うようにするすると横へ伸びていく。
左の肘から腕、手首、指の先をも越えてシーツの上を撫でるように滑っていったところで、限界まで捻られていた腰からその下がぱたりと反転する。
うつ伏せになった胸とシーツのあいだからもぞもぞと左腕が抜け出していくのを眺めて、ようやく先生が寝返りをうったのだということと、うしろからしたいというリクエストを受け入れてもらったのだということを理解する。
そして方向を転換するということですら、いまの先生には自然にできるようなことではなかったんだということも。

「せんせ、足さあ…」
「んー?」
「まだ全然動かせねえの?」
「んー…」

顔をそむけたままの先生が、鼻先をシーツに摺り寄せるようにしながら曖昧に答える。

「……はやく、治るといいね」

目のまえに投げ出された太腿の裏あたりを撫でながら呟いたら、ちらりとオレを振りかえった先生が、枕をつかんでボコンとオレの頭を殴る。

「おわわっ、なに?」
「腰の下に敷いて」
「え?」
「俺、尻上げていられないから」
「え、あ……ああ」

言われるままに、枕とそばにあったクッションを重ねて先生のうつ伏せた腰の下に敷く。
薄闇の中に浮かびあがった、腰だけを上げた無防備な白いからだ。
おもわず生唾を飲み込んだら、くぐもった声が投げかけられる。

「しないの?」

する、と答える余裕もなくして、惜しみもなく晒された細い背中に覆いかぶさる。
灰色に見える髪のあいだを鼻先でかきわけて、首の後ろに唇をつける。
なめらかな肌の奥に、トクントクンと脈打っている鼓動を感じる。

先生好きだ、と囁いたら、厚みのない肩の先が、ほんのすこしだけふるりと震えた。

***

ガツン、と後頭部に衝撃を感じて目を覚ます。
枕がわりにしていた腕を支えに顔をあげて半分寝ぼけたまま周囲を見回すと、任務中に午睡とは随分と暢気なものだな、という声が頭上から降ってくる。

「なんだシノかよ、痛ってえなあ!本の角でヒトのアタマ叩くんじゃねえってばよ!」
「本ではない」

そう言ってシノが差し出した茶色い紙袋を、しぶしぶ受け取って中を覗く。

「『お姉さんが教えてあげる☆巨乳家庭教師のセンセイがキミのためにねっとりじっとり熱烈個人授業!』って、なんだよこれエロビデオじゃねえか!」
「DVDだ」
「オマエこそ任務中だろ、なんつーもん持って来てんだよ!」
「キバから預かった。ナルトに渡してくれと言うのでな」
「キバぁあ?」
「性的技巧の稚拙さにより失恋の憂き目にあったそうだな」

セーテキギコー。
無表情の男が口にしたことばを、繰りかえしてみる。
なんのこと?

「つまりキバの文言を借用して表現するなら『ヘタすぎて振られた』と」
「なっ!振られてねえよ、まだ!!」
「『トンボさん超オススメセレクション』だそうだ。『これで研究でもしとけ』とのことだった」
「はっあぁああ?」
「最近休暇中でもおまえは全然家に居ないしさすがにそれを留守宅のドアノブに掛けておくのは躊躇われるから任務のときに渡すのが確実だということで預かった」
「なに考えてんだあの馬鹿キバは!だいたいオレは巨乳になんか興味ねえっつの!」

あからさまに胸の谷間を強調したぴったりニットを着てにっこり微笑むオネエサンのDVDジャケットをバンバン叩きながら喚いたら、シノがふむ、と腕組みをする。

「それは意外だな。おまえは女性体の大胸筋上を覆う脂肪の白く柔軟な西瓜状球形に殊のほか愛着心を抱いているのだとおもっていたのだが」
「オマエの言いかたは回りくどすぎて逆になんかエロいってばよ!このムッツリスケベ!!」
「ひょっとして春野とヨリを戻したのか?」
「サクラちゃん?……って、オマエそれってまるでサクラちゃんが貧乳だって言ってるみたいじゃね?」
「事実」

ぼそりと呟いたシノが、おもむろに両手指を前で合わせる。

「あのなー、そりゃ確かにサクラちゃんは胸ないけどなー」
「だ・れ・が・貧乳ですって…??」

背後から恐ろしいほどの殺気を感じて、とっさに身を翻したところにドンッと巨大な穴があくのとシノが瞬身で消えるのが同時だった。
あの野郎、一人だけちゃっかり逃げやがって!

「わー待って、サクラちゃん、誤解だって!」
「問答無用!」

ブンッ、と唸りをあげる拳を間一髪で避けながら、背に隠し持ったDVDをパンツのウエスト辺りに挟んで上着で隠す。
このうえこんなの見つかったら、オレは腹に風穴開けられるどころか細切れにぶった切られて荒挽きミンチだ!

右腕からのパンチを避けたとおもったら、そのままの勢いで反転したサクラちゃんの左足蹴りが襲ってくる。
両腕を交差して弾き返したら、宙返りの着地で体勢を沈めた敏捷な身体から猛烈な足払いが飛んできた。
ジャンプしてかわしたオレを見上げる緑の瞳が、不敵に輝く。
桃色の唇の端がニッと上がり、強靭なバネを弾いたような勢いのあるラリアットが襲い掛かってくる。
風圧にまっすぐな肩までの髪がなびいて、ああやっぱりサクラちゃんはいつだってキラキラしている、とおもったところで腰の辺りのDVDがズルリと滑り落ちるのを感じる。

「わ、ちょ、ま、でえええっ!」

DVDを押さえたせいでバランスを崩し、ドスッと無様に尻餅をつく。

「おわぁあー降参っ、ごめんなさいいいいいっ!」

必死で叫んだ目の前で、グローブを嵌めた拳がピタリと止まる。

「またわたしの勝ちね、ナルト!」
「サクラちゃんには叶わねえってばよ……」

あはっと大きく笑ったサクラちゃんが、パタパタと服の埃を払って背筋を伸ばし、サラリと髪をかきあげる。
細い腰に両手を当てて小首をかしげるようにオレを見下ろす姿は、まるでサラブレッドの競走馬のようだ。
しなやかに、どこまでだって走っていけそうな。

「ナルト、最近カカシ先生に会ってる?」

突然先生の名前を出されて、心臓がドキリと跳ねる。

「カカシ先生?ああ、うん、まあ時々…かな」
「じゃああんたも先生が極秘任務の影響でいま全然歩けなくなってるの、知ってるわよね。ねえ、先生にリハビリするように言ってくれない?」
「リハビリ?」
「そう」

やろうとしないのよ全然、とサクラちゃんが唇を尖らせる。
リハビリはしんどいし肉体的にも精神的にも負担がかかるのはわかるんだけど、と呟く眉間がきゅうっと寄せられる。

「でも今やっておかないと、一生歩けなくなっちゃうかもしれないし」
「一生って……。ちゃんとリハビリすれば、先生は元通りに動けるようになるんだよな?」
「元通り?」

眇められた緑の瞳が、オレをじっと見つめかえす。

「それって、前線に立つ忍として?」
「え、えっと」
「歩けるようには、なるんじゃないかとおもうの。先生はもともと身体の使い方もバランスのとり方もすごく上手いし。だけど……」

さわさわと木々の葉が風に揺れる音がする。
見上げたやさしい色合いの髪の先も、さらさらと揺れている。
サクラちゃんが口にしたくないとおもっているのだろう言葉がいやがおうにも伝わってきて、オレも口を閉ざす。
どこかの木の枝の上から、数羽の小鳥が羽ばたいて飛び立っていく。

「魔法みたいに、なんでも治せる薬があればいいのにね。あるいは手術でなんとかできるとか。だけど病原体が体内にいるわけじゃないし、神経が分断されてるわけでもないし。結局のところ、地道にリハビリしていくしかないのよ。それだって、どこまで回復させられるかわからないんだけれど」

グローブを嵌めた手が、ひらいて、またぎゅうと握りしめられる。

「でもわたし、先生にまた歩いてほしいの。前線に立つことができなくたって、先生の足が動かないままなのは嫌なの。だけどわたしがそう言ったってカカシ先生はやさしい顔して笑いながら、ありがとサクラ、って答えるばっかりで……」

わたしはきっと、カカシ先生にとってはいつまでたったってちいさな女の子にしかみえないんだわ。
そう呟くサクラちゃんの声は、すこし震えていたようにおもう。

「だから、あんたからも先生に言ってほしいの。ナルトが言ったら、先生もちょっとは聞いてくれるかもしれない。あんたは……わたしとは違うから」
「サクラちゃん」
「と、いうわけで、ね!」

吹っ切るようにぱんっと拳を手のひらに打ち付けたサクラちゃんが、オレを見下ろしてにっこり笑ってみせる。
桃色の唇の間から、小粒な白い前歯がちらりとのぞく。

「いつまで座りこんでいるのよナルト、集合よ!」

言われて耳を澄ませば、風に乗って指笛の音が聞こえてくる。
ほらはやく、と差し出された右手につかまると、手首の細さからは信じられないような力強さで引き起こされる。
パンツの中で尻の下あたりにまでずり落ちてきたDVDを、左手だけでできるだけさりげなくウエストに挟み直す。
オレが隠し持っているものに気づいているのかいないのか、立ち上がったオレを仰ぎ見たサクラちゃんが、ふいにバッチンとオレの額にデコピンをくらわせて、さっさときびすを返す。

「痛いってばよー、サクラちゃん!」

華奢で頼りがいのある後ろ姿がずんずんと歩き去っていくのを追いかけながら、ふと湧きあがってきた疑問が抑えられなくなって、こっそりと上着の胸元を握りしめる。

サクラちゃんをちいさな女の子としてみているなら、もしかしてカカシ先生はオレのことも、ガキだとおもっているんだろうか。
ガキだったらしないようなことを、あんなにいっぱいしてるのだけど。

踏みだす足の下で地面に落ちた小枝がパチンパチンと折れるのを聞きながら、先生の白い肌に淡く影を落としていた背骨の複雑な形のひとつひとつが、なぜだか頭に浮かんで離れなかった。

(20110831)

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