Away From The Sun

[R18]
[3]

「これ?」
「あれ。もうすこし左」
「このへん?」
「もうひとつ上の棚だヨ」

カカシ先生の家に着いたのは、あと半刻ほどで日付が変わるころだった。
ちょうどシャワーを浴びたばかりだったらしい先生は、シンプルな無地のパジャマを着て、首から無造作にタオルをかけたままオレを出迎えてくれた。
まだ湿り気の残った髪はいつもより濃い色をしていて、ほのかな石鹸の香が鼻先をくすぐった。
誘われるようにその首筋へ腕を伸ばしたら、車椅子に乗ったままの先生はするりと難なくオレの手をかわして、まず本取ってくれると嬉しいんだけど、とニッコリ笑った。

「こっち?」
「だから上の棚だってば」

先生のうちに行くたびに本を取る手伝いをするのは習慣のようにさえなってきているから嫌ではないんだけど、オアズケをくらった犬の気分がするのは否めない。
書棚にかけられた梯子から見おろす先生の髪のあいだからは白い耳の先がちらちらと覗いていて、あれをかぷりと口のなかに含んだらきっとひんやり冷たく感じるんだろうと、想像して、じぶんの体温がまた上がるのを感じて、ぶんぶんと頭を振る。
まてまて、まずは本を取らなくちゃいけないってばよ。

「ええっと…これ?」
「うん、その赤い背表紙のシリーズの、邂逅篇ってやつ」
「怪光線?」
「望郷篇の隣ヨ」
「あー…、あ、れ?」

棚に並んでいるのはどれも同じような背表紙ばかりだけれど、見覚えと聞き覚えのある本。
この望郷篇って、オレ先生に取ってあげたことがある。

でも、オレはこの本を書棚に戻したことはない。
ここはいまの先生に届く位置じゃない。
…って、ことは?

「せんせ、この本さあ……誰がここに戻したの?」
「ん?ああ、ヤマトじゃないの?」

かえってきたのは予想通りの答えで、わかっていたのに、胸がちくりと痛んだ。

「俺が読んだ本を床に山積みにしてたから、見かねたんでしょ」
「ヤマト隊長、よく来るんだ?」
「よく、ってことはないよ。たまに、だね。なんか忙しそうにしてるよ」

なんでもない口調で先生が言う。
なんでもないこと、なのかもしれない、先生には。
だけど。

「オレはヤマト隊長にずっと会ってないってばよ」
「ふうん?会いたいの?」
「いや、べつに…、っ」

答えた言葉がおもったよりも鋭く響いてしまって、ああええっとその会いたくないってわけではなくて特に用事があるわけじゃないし隊長忙しいみたいだし、とシドロモドロになって誤魔化す。
ヤマト隊長が嫌いなわけじゃ、もちろんない。
ただ、隊長はオレよりずっと大人で、オレよりずっと気が回って、オレよりずっとカカシ先生のことを知っていて。

オレが先生としているようなことも、したことがあるのかもしれなくて。

そんなことを考えてしまうのが、口惜しい。
でも、考えずにいることなんて、できない。

「だったら、ヤマト隊長に本取ってもらえばよかったんじゃねえの」

つい口に出してしまった言葉が拗ねたコドモみたいで、またじぶんが嫌になる。
こんなの、ただのヤキモチだ。

「あー、あいつ本を戻してはくれるけど、取ってはくれないから」
「え?」
「あ、その本でもういいよ。五冊あればしばらく退屈しないでしょ。ありがとネ」

上ばっか向いてると肩凝るねえ、などと年寄りじみた台詞を呟きながらコキコキ首を回している先生を見おろして、それから天井まである書棚を振り返る。
車椅子を使っていてさえ料理も風呂も一人で器用にこなしてしまう先生が、書棚の上の本を取りたいときだけは唯一オレに頼んでくる。
なんでもできてしまう先生に頼られているみたいでちょっと嬉しいかもだなんて、内心では呑気に喜んでいたのだけれど。

ヤマト隊長が書棚の本を取らないなら、その意味って。

「……あのさあ、先生、リハビリしてないの?」
「リハビリ?なあに、いきなり」
「サクラちゃんが心配してた」
「あー」

サクラに会ったんだ、元気にしてた?と先生がやわらかく笑いながら両腕を差し出す。
歩み寄って本を渡すと、先生がそのうちの一冊のページをぱらぱらと捲る。

「なあ、このままだと歩けないままになるって、ホント?」
「そうみたいだねー。まあでも、リハビリしたってたいして動けるようになるわけじゃないからねー」
「でも、やったら歩けるようにくらいはなるんだろ?」
「歩けるようになったところで、なにも変わらないでしょー」

どのみちもう任務を受けるわけじゃないからこれで構わないよ、と先生が本のページに視線を落としたまま微笑む。
車椅子でだって俺ちゃんと生活できるの、知ってるでしょ、と。

「そりゃ、先生は器用だけど、でも頑張れば歩けるようになるんだったら…」
「だったら、頑張れって?」

先生の声が、ひやりと温度をおとした気がした。
おもわず口を噤んだら、オレを見上げて小首をかしげた先生が、いっそ無邪気なまでの笑みを浮かべる。

「俺はねえ、もうこれでいいんだよ。このままでも不自由してないし。困るのなんて書棚の上の本に手が届かないくらいだけど、それはおまえが取ってくれるんでしょ?」
「それは…だけど…っ」
「これでいいよ。このままで構わない。なんなら…」

なんなら、このままでもなんだってできるところを、見せてあげようか?
オレのシャツの胸元をつかんで引き寄せた先生が、耳元に囁く。
湿り気の残った髪の先が、頬をくすぐる。
甘い声が鼓膜を震わせるのに、おもわずゴクリと生唾を飲む。
耳朶に触れた唇が、すうっと首筋をたどって肩口へ降りていく。

ねえベッドに行こうか、という囁きに、もう問い返せる言葉はなかった。


***


たった一回で、もう十分だった。

「準備」をするあいだ、先生はオレに一切の手出しを禁じた。
なにも身にまとっていない白いからだは淡々としずかな呼吸を繰りかえしているのに、その手元から聞こえてくる水音は、グチャリ、グチャリとネバっこく、ひどく耳にまとわりついた。
触れることもできず、ただ見ていることしか許されていないのに、オレの体のほうは隠しようもないほどに昂ぶっていく。

うつむいた頬に、まだ湿っているらしい髪が貼りつくように幾筋か掛かっている。
梳いてあげたくて伸ばした指先は、先生の容赦ない一瞥で力をなくして、ぽとんとベッドに落ちた。
シーツの皺を撫でて抓みながら、先生の姿から一瞬たりとも目を逸らすこともできずにまた生唾を飲み込む。
グチュッと濡れた音が、寝室の薄闇のなかでやけに響く。
理性をぶちきって襲いかかりたくなるのを必死で抑えて、兵者詭道也、故能而示之不能、用而示之不用…と、覚えこまされた兵法の萎える文言を、呪文のように頭のなかで唱える。
喉がからからに渇いていく。
水音の源を見ていられなくなってきて、ベッドのうえに投げ出された大腿のラインを視線をたどっていく。
オレよりもずいぶん細く見えるのは、筋肉が落ちただけじゃなくて元々がそうだったからなんだろうか。
引き締まった膝から伸びるまっすぐな脛。
細い足首で存在を主張する踝のかたち。
扇状の骨格が浮き出た甲。
そしてピクリとも動かない丸く並んだ指先。

ただでさえ色の白い先生の体のいちばん末端は青白く透けるようで、たまりかねてその左足親指を口に含む。
怒られるかと身構えたのに、聴こえてくるのは淡々とした息遣いと濡れた音だけだった。
なにも言われないのは、ここがなんの感覚もない場所だからなんだろうか。
氷のように冷たくなっていた親指を、溶かすように丹念に舐める。
隣の指も、その隣の指も、ひとつひとつ。

「ナルト」

甘くかすれた声に顔をあげ、誘われるように体をおこして近づくと、ドンと両肩に体重を掛けられて背中がマットレスに沈む。
覆いかぶさってきた先生の低い体温と重みが心地いい。
腰にまわそうとした腕をうるさげに振り払われ、中途半端に宙に浮いた手をどこにやろうかと間の抜けたことを考えていた体が突然衝撃に包まれる。

「う、わ…っ」

仰向けになっていたオレの胸に片手をついた先生が、体をおこすのと同時にオレの中心を後孔に飲み込んだ。
先端が入ったところでギュウウと締め付けられて、意識がぶれる。

「おっわああっ、先生ちょっとまってまって…っ!」

ぐっと苦しげにオレの胸元で拳をにぎった先生が、数回肩で荒く息をする。

「せんせ、無茶すんなって、わ、まって、やばいって、わ、わ…っっ!」

ふいにピタリと動きを止めた先生が、今度はゆっくりと長く息を吐き出しながらオレをさらに飲み込んでいく。
下半身に一気に血流がたまる。
キツくて、熱い。

押しとどめようとしてつかんだ細い腰が、ほんのすこし震える。
と次の瞬間、ずるりと引き抜かれ、また強引に飲み込まれた。

そのたった一回の強烈な摩擦で、頭の中身はもう全部吹き飛んだ。

なにを考えていたのかなんてもうおもい出せない、ただ欲しい、もっと欲しい。
加減もできずにつかんだ腰を揺さぶって、それだけじゃ足りなくなって覆いかぶさるように体勢を入れ替えて、奥へ、奥へと突き入れる。

先生の声は聞こえなかった。
なにも言いすらしなかったのか、ぶちきれたオレの耳がなにも聞こうとしなかったのかは、もはや、わからないままだった。


***


「……くっ、う」

低い呻き声とともに、脱力したナルトの体が圧し掛かってきた。
きっちりと筋肉の張ったおもい胸板につぶされて肺の中の空気が全部押し出されてしまいそうになるのに、耐えて気づかれないよう静かに浅く空気を貪る。
触れ合う熱い皮膚が汗で湿っている。
腹のあたりはさらにべっとり濡れた感触だ。
それでも伝わってくるドクドクという心音が心地よくて目を閉じる。

このまま眠りに落ちてしまえたらいいのにとおもうのに、圧し掛かっていた上体がやがてギクリと強張るのを感じる。
汗ばんだ重みがふっと退いて、ぎこちない手のひらが確かめるように肩を包み、腕をなでおろす。
それからずるりと体の最奥から楔の抜き取られる感触。

刺激であげてしまいそうになる声をギチリと奥歯でかみ締めながらも、目は閉じたままでいた。
でも、閉じていても、伝わってくる。
薄闇のなかですら夜行性の獣のようにギラギラしていた両目の光が消えていき、その代わりに浮かびあがってくる後悔と罪悪感の色。
そんなものは見たくない。
見せないで欲しいとおもうのに。

「カカシせんせ…」

心配げな声に、苛立ちの棘がプツプツと芽生えてくる。

「せんせ、ゴメン、オレ、あの…」
「よかった?」

ひらいた右眼をわざわざ笑みの形に眇めて見つめ返してやる。
至近距離でまばたくまっすぐな瞳には、やはりどこか痛々しげな影が浮かんでいるような気がする。
なにがそんなに口惜しいのかと問いたくなるほど、見事に「へ」の字型を描いた唇。

「よかったってそりゃ…だけど…」
「イけたならよかったんじゃないのー、すっきりしたでしょ?んじゃーあ、俺はシャワー浴びてくるからネ」

ちょっとどいて、とデカい図体を押しのけようとしたら、ぐいっと二の腕をつかまれた。

「なにヨ、痛いでしょ」
「ごまかすなよ先生!って、いや、手出したのはオレだけども…!」

そんでもってかなり調子のって超突っ走っちまったんだけれども…とごにょごにょ呟く声がだんだんちいさくなってくる。
まったく、面倒くさい。

「気持ちよかったんならそれでいいじゃない。腕はなしてヨ」
「そうじゃないだろ!あのさ、さっきの話だけど先生ちゃんとリハビリしろってばよ。歩けなくなっちまうんだぞ」
「だからそれでいいって言ってるじゃない。歩けたからってなにが変わるの?任務が受けられるようになるわけじゃないんだよ。それにこのままだってなんでもできるのわかったでしょ?忍耐力のない誰かさんのおかげで証明しそびれちゃったけどー」
「あんなの我慢できるわけねえってばよ!」

ぐわっと噛み付くように怒鳴ったナルトが、ぷいと横を向いて俯く。
照れているらしい。
まだまだガキだねえと心中でおもいながら、赤くなっているらしきナルトの頬を手の甲でピタピタと軽くたたいてやって、この隙に緩んだ腕の拘束を外す。
ふう、と一息ついてから、ベッドの端にかろうじて引っかかっていたシャツを見つけてたぐり寄せる。
ばさりと羽織ったら、まだ腕を通していない袖の端をナルトがふいに掴んで、クイッと引っ張る。

「なに?俺、風呂行きたいんだけど」
「先生、オレは、先生が任務受けられなくても歩けるほうがいいとおもうってばよ。歩けたら、一緒にデートとかできるじゃん」
「デート?なにそれ?」
「だからー、ふたりでのんびり川原を散歩したりとか!」
「散歩くらい車椅子でもできるでしょ。べつに後ろから押してくれなくてもいいよ?」
「そういう問題じゃなくて!たとえばさあ、先生と並んで歩いたら身長おなじくらいだろ?ちょっとしたはずみで指と指が触れ合ったりなんかしてそのまま恋人つなぎしちゃったりとか、顔の高さもおなじだから振りかえる拍子にチュッとさりげなくキスできちゃったりなんかっていうロマンがな…!」
「なんでオレがおまえの妄想ロマンに付き合わなきゃいけないのヨ?そんなの背の高い彼女でも作ればいいだけじゃない。ここまでデカい女の子は滅多にいないかもしれないけど、10cmヒールとか履いたらちょうどいいくらいの子はいっぱいいるでしょ」
「先生以外とデートしてなにがおもしろいんだよ!オレはカカシ先生とデートしたいの!」
「むしろ俺とデートしてなにがおもしろいのかと訊きたいよ。セックスならともかく」

色事なら俺は業師だからねえ、とわざとらしくニヤニヤしてみせたら、ナルトの眦がキッとつりあがる。
わかりやすい奴。

「オレは、それだけのために先生のところにきてるわけじゃねえよっ」
「そう?でもそのわりにいつもすぐ釣られるよネ」
「それ、は…っ」
「べつに駄目っていってるわけじゃなーいヨ。若いっていいねってだけだってー」

なにか言い返そうとして、でもなにもおもいつかないらしい。
ああとかううとか唸りながらナルトがシーツの上を両手でバタバタ叩いている姿を横目に、ちいさく息を吐く。
ほんとにガキだな。
軽く肩をすくめてベッドサイドの車椅子のハンドルに手を伸ばしたら、突然ナルトがベッドから飛び降りた。

「わあっ、どしたの、おまえ」
「せんせ風呂入るんだろ!オレいれてくる!」

ガチャンと車椅子にぶつかってよろけながら、ドタバタとナルトが寝室を出て行く。
廊下を走る足音、ドアの引き開けられる音、すこしの間をおいてからかすかに響いてくる水の音。

「なんなんだ、あいつは…」

おおきく溜息をついて、しかたなくまたベッドに転がる。
シーツがぐしゃぐしゃに乱れている。
掛布団は床に落ちてしまったようだ。
枕もベッドの片隅に押しやられている。

つい辿ってしまいそうになる記憶を無理やり追い払って、窓の外を眺める。
黒くおおきな影のように、森の木々が揺れている。
今夜は風が強いらしい。
どこかで虫が鳴いている。

シーツの表面を手のひらで撫でつけながらぼんやりとしていたら、またバタバタとナルトが飛び込んでくる。
すこしシャワーを浴びたのか、腰にバスタオルを捲いた体に水滴がいくつも残っている。
大股でベッドに近寄ってくる、とおもったら、いきなり両腕で抱き上げられた。

「ひゃっ、なに?」
「風呂」

そのままずかずかと廊下を運ばれる。

「じぶんで行けるよ、離してナルト、ちょ、降ろせって!」

がっちりと支えた腕を叩いてみるが、びくともしない。
顔面に拳をいれてやればさすがに足を止めるだろうがそこまでするのもどうなのかと躊躇ううちに、ナルトが足で風呂場のドアを開ける。
むわっと湯気に覆われた浴室は、白く煙ってみえた。
蛇口からドウドウと注がれている湯は、浴槽内に半分ほどまで溜まっている。

中途半端に羽織ったままでいた上衣を剥ぎ取るように脱がされて、まさかここでまたする気かと身構えた体を、そうっと浴槽に浸される。
あたたかな温度が包みこむ。
電灯の光のもとで明るく輝く髪が、ナルトの横顔を半分ほどまで覆い隠している。
いつもあけっぴろげな表情が読みにくいのに一瞬とまどう、と、青い目がキッと見おろす。

「なんでも出来るっていうけどなあ、オレが今ここに置き去りにしたら、先生のぼせて茹でダコになっちまうんだからな!」
「は?」

ぷいと背を向けたナルトが、ドタドタおおきな足音をたてて浴室を出て行く。
ガタンガタンとしばらくあちらこちらで物音を響かせたあと、最後にバッタンと玄関の扉が閉まるのが、湯音に混じって聞こえてくる。

「あー…ったく、なんなんなのよあいつは」

やれやれと溜息をついて、湯の流れ出ていた蛇口をキュッと捻って止める。
静まり返ったバスルームのなかを、白っぽい電灯の光が照らしている。
浴槽に背をもたせ掛けて、ゆっくり息を吐きだす。
そういえば、いつもシャワーだったから風呂に浸かるのは久しぶりだ。
ちょうどいい湯温がじわりじわりと体を緩めていく。
湯に沈んだ体はみっともなく筋肉が落ちていて、生白い肌のあちらこちらに赤黒い古傷がいくつも散らばっている。

さっき見あげたナルトの体は、肩と胸にきちりと厚みがあった。
傷跡ひとつない健康的に日焼けした皮膚に、眩しすぎる金の髪、真っ青な瞳。

両手で湯をすくってばしゃりと顔にかけ、そのまま手のひらで目元を覆う。
湧きあがってくる感情に、ひとつひとつ蓋をする。
ぴとんぴとんと水滴の落ちる音だけが、ただ響いている。
抑えきれない苦笑いが浮かぶ。

親指を噛んで、湯に濡れたままの手をビタッと壁に押し当てる。
ボンッと湯気より白い煙とともに、どっしりとしたシルエットが現れる。

「ねえブル、悪いんだけどベッドまで運んでくれない?」
「なにをやっとるんじゃ、おまえさんは」
「ははは…」

呆れ顔のブルがくわえてきたバスタオルをありがたく受け取って、ほんとなにやってるんだろうねえと、もういちどだけ呟いて、ちいさく笑った。


***


「あー!先生どうやって出たんだよ!」

寝室の窓をガラリと開けて、叫ぶ。
ストライブのパジャマを着てベッドに腰掛けた先生が、ペットボトルの水に口をつけたまま片眉を上げる。

「あれ?おまえ帰ったんじゃなかったの?」
「ほんとに帰るわけねえだろ!先生あのままにして!」
「はっは、甘いねぇ」
「な…っ!」

半分ほどにまで減ったペットボトルをパチャパチャと揺らした先生が、キュッと蓋を閉める。
その色白の肌が湯に温められてほんのりと赤らんでいるのに、いやでも視線を奪われる。

「いいお湯だったよ。ありがとねー」
「はあっ?なに礼言ってんだよ、オレってば先生を風呂場に置き去りにしたんだぞ!」
「んー、でもちゃんと出てこれたわけだし、問題ないでしょ?」

顔の前でかかげた透明のペットボトル越しに、ゆるりと口端を引きあげるような笑みが浮かぶ。

「言ったでしょ?俺はこのままでなにも不自由してないって。だから好きなだけ置き去りにしてっていいよー」
「な、そんなの…オレはなあっ」
「おっと、呼び出しみたいだねえ、ごくろうさん」

さすが綱手様は若者の無駄な体力を無駄にしないね、とペットボトルの底で指し示されて背後を振り返ると、ちょうど真っ白い小鳥が舞い降りてきたところだった。
窓枠を占拠するようにしゃがみこんでいたオレのせいで留まるところがなかったらしく、パタパタと二、三度羽ばたいてからオレの右腕の上に?まる。
皮膚の上に、直接尖った爪が立てられる。
痛ってえよ!とおもわず叫んだら、オレの顔をまっすぐ見返した鳥がクチバシをガバリと開けて、ギチチチチーッと耳をつんざく大声で鳴いた。


***


ぶすっと膨れっ面のまま任務に行ったら、ぶすっと膨れっ面をした木ノ葉丸がいた。

「ナルト兄ちゃんの裏切者」
「はああ?」

なんでいきなり裏切者扱いなんだよ、と怒鳴り返したら、無言で紙袋を押し付けられる。
中味はDVDだった。
タイトルは『美少女伝説V・スクール水着のしたのまだ膨らみきらない青い果実をまるかじり☆』ってこれは…

「ロリコンAVじゃねえかよ!」
「蟲の兄ちゃんが渡しておいてくれって。なあナルト兄ちゃん、俺たちはどこまでもボンキュッボンの追及をするんじゃなかったのかよ。なんでそれがこんなペッタンコのスク水に…!」
「や、ちょ、待てってば木ノ葉丸!ムシの兄ちゃんってシノかあんのバカ!オレは別にロリコンじゃねえ!」
「でもナルト兄ちゃんは巨乳には興味ないって言ってたって!」
「巨乳にも興味ねえけどロリコンでもねえの!オレはもっとこうアダルトな大人の魅力ってヤツにだなあっ」
「……おまえたちは、これから任務だということを本当に理解しているか?」

地の底を這うような声音に振り返ると、額にピシピシと青筋を立てたネジが、ゆらりと立っていた。
いや、ゆらいでいたのはその姿ではなく、実際には陽炎のように背後に立ちのぼる怒りのチャクラで…

「わー、ネジ!これはオレのせいじゃねえってばよ木ノ葉丸が!」
「日向の兄ちゃん!日向の兄ちゃんも巨乳派だよな!」
「バカ!ネジに訊くな木ノ葉丸!空気読め!」
「俺は何故いつもこんな奴等の部隊長をしなくてはならないのか……」
「よし、じゃあお色気の術で勝負だコレ!!」

ぎゃんぎゃんと言いあいを続けるあいだに夜空の星の輝きは弱くなっていき、東の地平線あたりから濃紺の闇がだんだんと薄まっていく。
夜の気配は、もう消えはじめようとしていた。

(20111118)

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