Away From The Sun
[5]「3時と8時の方角に敵小隊確認!後方からの追手もまだ撒けていません!」
「げっ!それ三方囲まれたって言わねえ!?」
「三方囲まれたって言います!」
「言います、じゃねってばよっっ!!」
おもわず怒鳴り返したら、報告してきたやつがスンマセンッと飛び上がって気を付けをする。
坊主に近いくらいの短髪に、まだほとんど傷のない額宛。
大きな瞳だけがキョロキョロよく動くこいつは、たしかオレより6歳下だと言っていた。
この春に中忍になったばかりだと。
「バカ!要点だけ伝えろよ!」
「要点だったろ!」
「余計なことまで繰り返してんじゃねえかよ!」
坊主頭とコソコソ言い争っている小柄な茶髪は、アカデミーでの同期らしい。
そのふたりからすこし離れたところで不安げに周囲をうかがっているのは、背だけがひょろりと高い14歳の下忍。
この、あきらかに経験値の足りないメンツでの4マンセルなのは、そもそもがただの偵察隊だったからだ。
敵陣営の兵力構成、地理条件をできる限りで調べて本隊に報告するのが目的だった、のに何故いきなりこんな敵小隊×3に囲まれる羽目になったかといえばまあそれはオレがおもいっきり敵陣内に突っこんだからで。
「ゴフッ、ゴフッゴフッ…ウウゥ…」
「お、おい、おっちゃん、大丈夫かってば!」
引きずるように背中に担いでいた大男を、できるだけそっと地面に降ろして横たえる。
ゼイゼイという荒い呼吸音。
土気色をした顔が、苦しげに歪む。
応急処置ともいえないレベルで荒く止血した足から、じわじわと赤い染みが広がっていく。
これはヤバイとあわてて男の胸元に掌を押し当てて、チャクラを流し込む。
偵察のつもりで覗いてみた敵陣営で、ひどい拷問を受けていた男がいた。
木の葉の忍じゃなかった。
地面にほうり捨てられていた額宛に刻まれていたのは、岩の印だった。
でもだからなんだっていうんだ、あのままにしていたらコイツは確実に殺されていた。
だから突入して助け出してきた。
そして当然のごとく追撃されて、ただいまこんな状況だ。
お前は考えなしに行動しすぎる!というネジの怒声が頭をよぎる。
これ、またあとですんげえギャンギャン説教食らうんだろうな…。
ふと、あたりが静かになっているのに気がついて顔をあげる。
さっきまでボソボソ言い合っていた中忍たちと無口な下忍が、心細げな顔をしてこちらをじっと見つめている。
そうだ、説教もなにも、まずはこの状況をなんとかしなきゃいけねえんだってばよ。
ええっと三方囲まれたんだろ、だったらどっか一箇所決めて突破すりゃいんじゃね?
ど・こ・に・し・よ・う・か・な…
12時、3時、8時の方角をひょいひょいと順に指差していたら、チームのヤツらの表情が目に見えて暗くなった。
こころなしか絶望感が漂ってきているような気もする。
あれ、やっぱ勘じゃダメか?
それに岩の男をこの状況ではまだ移動させられそうもないんだった。
いま動かしたら死んじまいそうだ、せっかく助け出したのに。
せめてもうすこし回復させてからでないと、ってじゃあどうすりゃいいんだろう。
あ、そういや確かこんな状況が。
忍具入れに片手を突っこんで、赤い表紙の本を取り出しパラパラ捲る。
敵人囲我…これこれ、これだってば。
ええっとー。
「ん、じゃあ三隊に分かれるってばよ!」
「分かれるって、あの、俺ら4人しかいませんけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ、影分身の術!」
ボボンッと白煙とともに60人のオレが現れる。
「ひとりあたり20人ずつ連れてそれぞれの方向へ行ってくれってばよ。ただしあんまり無理すんな、深追いは禁止な!できるだけ時間かせぎしながら、敵小隊を追手が来てる12時の方面に誘導。そんでなるべくギリギリまで小隊同士を合流させないように気をつける!オレの影分身は、ひとり消えるたびにオレ本体に状況伝えるから。じゃお前はあっち、お前はそっち、お前はむこうな!いいか?うっし、散!」
オレの号令に、ハイっと真剣な返事をしたチームの面々が、影分身たちを連れて各方面へ走り去る。
ちょっと、なんかいまオレちゃんと隊長っぽい!
チームのヤツらも心なしか尊敬の目でオレを見てた気がする。
やっぱ兵法勉強すんのって大事だよな!
オレ、すっげーオトナってかんじだってばよ!
「グフッ、ゲホッゲホ…ッ」
「って、おい岩のおっちゃん!しっかりしろってばよ!!」
苦しげに掻き毟ろうとする忍服の胸元を、すこしでもラクになるようにと開けてやる。
ハイネックになったアンダーの首元がきつそうに見えたから、悪りいなちょっと破くぞと声をかけて、ぴったりとした布地にクナイの刃を滑らす。
黒い布地のあいだから覗いた日焼けした肌、その表面に。
「…っ、ひでえ」
真っ黒といっていい色になった大きな痣が、胸から腹にかけていくつも散らばっている。
血が流れ出ているところはないかとアンダーをザックリ裂きながら見ていくと、左胸脇のあたりに一箇所、不自然に皮膚がへこんでいるところがあった。
黒く変色したその場所にそっと触れたら、痙攣するような唸り声が上がる。
おい、これ、折れた骨が内蔵に刺さってんじゃねえのか?
この場所だと、肺か?
すぐ医療班に診せなきゃ、とおもったけれど、そもそも偵察用のフォーマンセルに医療忍者はいない。
それどころか他のやつらは、瀕死の男に分け与えられるほどのチャクラ量さえもないんだった。
ヒュウヒュウと乱れた呼吸音が弱まっていくのに、慌ててチャクラを流し込む。
これじゃいつまで持つかわからない。
こんなときはどうしたらいいんだろう、こういう場合のことも何か書いてあったっけ、と片手でチャクラを流し込みつつ、反対の手で赤い表紙の本をまた開いてみる。
と、ふいにアタマのなかにポンと映像が浮かぶ。
8時の方角に行った影分身が一体消されたらしい。
火遁系術者の率いる敵部隊相手に、あきらかにレベルの足りていない茶髪の新人がおなじ火遁で応戦しているようだ。
オレの影分身たちが必死に援護しているが、かなり押されぎみだ。
ポンともう一体が消されて、おなじ戦況の映像が別角度から伝わってくる。
また一体。
今度は12時方面のヤツらだ。
水遁の術者の坊主頭中忍が戦っているのは、土遁の術者。
ただでさえ土相手の水では相性が悪いのに、相手の部隊長は見た目からして歴戦の貫禄あるヒゲ男だ。
ボボボンッッと一気に影分身五体分の情報が入る。
3時方面に向かった下忍だ。
こっちは完全にパニックになってしまっているようだ。
やたらめったら術を繰り出している。
そんなペースでチャクラが持つわけないじゃねえか。
しかも12時の方向に誘導しろといったのに、完全に反対側へと押されていっている。
ヤバイ、助けに行かなきゃとおもうオレの目のまえで、岩の男がひきつけを起こしたかのように苦悶して咳きこむ。
うっすらと開いた瞳は、オレを通り越してずっと遠い空のほうを見遣っている。
カサカサに乾いた唇が、何度かおなじ形をなぞる。
声は出なくなってしまったらしく、なんと言っているのかわからない。
でも、三文字くらいの短い言葉だ。
ひとの名前、だろうか?
この男の、大切なひとの。
「ああもう、しっかりしろってばよ、死ぬんじゃねえぞおっちゃん!」
開きかけた本を放り出して、男の胸に両手を当てて、精一杯の気持ちをこめてチャクラを流し込む。
ボボンっとまた3時の方角で影分身が消えたのを感じる。
あと何体残ってるんだ、どうすればいいんだ、オレは、どうしたら…!
突然、ドゥウウウンッと、地響きがした。
3時の方角から、離れていてもわかるほどのビリビリとした振動が伝わってくる。
「っああ、ちくしょう!やられたのか……っ?!」
続いてバフッと、くぐもったように不気味な爆発音がきこえた。
8時の方角からだ。
なんだ、どうなったんだ!
影分身からの情報ははいってこない。
鬱蒼と茂る森の木々に囲まれているから、ここからでは様子も伺えない。
チームのやつらは大丈夫か、そうだもうひとりの方も!
あわてて振り返った12時の方角から、ビュンとすっ飛んできた何かがボゴッとオレの頭に足蹴りを食らわせた。
「なにやってんのあんた邪魔!どいて!」
「痛っでぇぇ…え?」
強烈なキックを食らっておもわず頭を抱えて転がった先に、サンダルを履いた足の爪先が見えた。
「……ったく、なにやってんだよ本当によ」
見上げた先には、呆れかえった声をした、シカマルの仏頂面があった。
***
「お前らが偵察行ったっきり戻ってこねえとおもってたら、いきなり敵陣が動き出すからよ…。アイツら捕虜とか盾にして脅しかけてくるから慎重にいくつもりだったのに、おかげさんで計画全面変更だぜ」
まあ、あんなのが居たんならお前は何言っておいたって突っこむんだろうけどな、とシカマルが視線を投げた先で、イノが岩の男に手当てを施している。
ヒュウヒュウとせわしなかった呼吸がすこし落ち着いてきたようだ。
よかった。
って。
「そうだ、あいつら…!」
「お前たちは三隊に分かれて応戦したんだろ?西方面のはチョウジたちがサポートに行ってる。東はテンテンたちだ。こっちの本軍は北方向のやつらを一掃しつつ敵本陣を落としてるよ。まあ、お前たちが結果的におとりになってくれたから、こっちも早く片が付けられそうだけどな」
3時の方角から、巨大化したチョウジのものらしきズシンズシンという地鳴りが数度響く。
「はー、よかった!シカマル、サンキュってばよ、助かった!」
「ったく、三隊に分散なんて、らしくねえことしやがって。テメエだったらどっか適当にきめた一箇所に突っこんで包囲突破しようとするだろうとおもったのに。おかげで対応が遅れちまったぜ……って、ああそうかこれのせいか」
体をかがめたシカマルが、地面に放り出されていた赤い表紙の本を拾い上げて、ポンポンと土を払う。
「疾戦第三十三敵人囲我断我前後…か?たしかにセオリーのひとつだけどよ。いくら影分身がついてても実戦経験ほとんどないやつらにいきなりそれは荷が重いだろうよ」
パラリパラリとページをめくっていくシカマルを見上げる。
頭の上でひとつに結んだチョンマゲヘアは昔からぜんぜん変わらない。
だけど、めんどくせえ、とばかり言っていた同い年の悪友は、いつのまにかこんなにも頼れる男になってしまった。
じゃあオレは?
「……シカマルは、オトナだよな」
「はっあ?」
「オレ、いつまでたってもガキだし。先生だってガキとしか見てくれねえし」
本読んだってやっぱり考えなしに突っこんじまうし。
考えたつもりでもやっぱり全然足りてねえし。
先生に、リハビリさせることすらできないし。
地面に転がったまま、バタリと手足を大の字に投げ出して溜息をつく。
見上げる空が、青い。
「あー…そうだな。兵法書にこんなラクガキしてるようじゃガキだわな。しかもこれ初版本だぜ。保存状態もすげえよかったんじゃねえの?お前がこんなの描かなきゃ良い値がついただろうに」
ふん、と鼻を鳴らしたシカマルが嘯いて、兵法書のまんなかあたりの、オレがカカシ先生の絵を描いたページをわざわざ開いて見せつける。
「ショハンボン?なにそれ?」
「本が初めて出版されたときに刷られたバージョンのやつってこと。希少価値があるってんでマニアがいるんだよ。売ったらお前の年収ちかくにはなったんじゃねえの?ラクガキのせいで100分の1になったかもしれねえけど」
「年収って、えええ?!先生そんなことひとことも言ってなかったってばよ!」
びっくりして上半身を起こしたのに、シカマルが目を細める。
「ま、お前にコレの価値がわかんないことぐらい、きっと予測済みだっただろうけどな。それでも、なにかひとつでもお前に遺してやりたかったんだろ、あのひとは」
この本あのときにもらったんだろ、と。
ぱたんと閉じた本を、シカマルがずいと差し出す。
『あのとき』と言うってことは、シカマルはカカシ先生が『妊娠』していたときの事情を知っていたんだろうか。
受け取った赤い表紙をそっと撫でてみるけれど、茶色っぽく紙が変色した兵法書は、やっぱり高級になんて見えない。
ただの古本だ。
それに。
「なんか残していってもらうより、先生が一緒にいてくれるほうがずっといいってばよ」
ぶすっと膨れっ面になりながら答えたら、シカマルが一瞬だけ表情を無くす。
それから耳の後ろをすこし掻いて、そうだな、と瞼を伏せて、ちいさく笑った。
「でも、カカシ先生は、せっかく生きて帰ってきてくれたのにずっと息苦しそうにしてるってばよ。じぶんのこと残り滓かなんかみたいにおもってるみたいな言い方するし。そりゃ写輪眼使えなくなっちゃったけど、前線出られなくなっちゃったけど、それでも先生は先生なのに。なのにリハビリもしようとしないし、俺のことなんていいから、だとか、好きなだけ置き去りにしていっていい、なんてことばっかり言うし…」
「……テクも何もなく突っこんでばかりのド下手にも、文句も言わずにヤらせるし?」
「そう、ド下手でもヤらせてくれて…って、えぇええ?」
どうして知ってんだよ!と怒鳴ったら、シカマルがぶはっと笑う。
「どうして知ってんのかって、ド下手だって認めてんのかよ」
「だって…!っつかなんで…!!」
「カマかけただけだっつの。ホレ、預かりもんだ木ノ葉丸から」
背中の忍具入れからひょいと取り出されてぽいと放るように渡されたのは、袋にすら入れられていない剥き出しのDVD。
ド派手なパッケージの煽り文句は『熟女列伝:熟れきった肢体がねっとり絡みつく!五人の艶女・禁断の色香大狂宴!!』で。
「シ、カマルー…?!」
「しかしいくら下手だからって熟女DVDで研究するってのはどうかとおもうけどなあ。カカシさんにバレたら殺されるぜお前」
「ちげえよ!オレが頼んだわけじゃねえし!先生が熟女だなんておもってねえし!木ノ葉丸が勝手にー…っっ」
「わかったわかった、あんまり大声出すなよイノにまた蹴られるぞ」
はっと口を押さえて振り返った先では、イノが集中した真剣な表情のまま岩の男の手当てをしている。
オレたちの会話の内容には、どうやら気づいていないみたいだ。
土気色だった岩の男の顔には、心なしか血色が戻ってきているように見える。
「お前はさー、ホント考えなしなんだよなー。俺が必死で戦略とか考えてもいっつもすぐぶち壊してくれるし、慎重にいくっつってんのにひとりで勝手に突っこんでくし。だけどさ、結果的にはそのほうがうまくいったりするんだよな、ムカつくことに」
今回だってお前が突っこまなきゃあの男は死んでただろうし、突っこんだおかげで敵陣にできた隙をつけたから早いとこ片付けられそうだしなあ、と、場にそぐわないほどのんびりした口調でシカマルが言う。
「たぶんお前は、俺なんかがデータや戦術を基にして頭で考えて判断していることを、体で直接感じとって行動してるんだろ。野生の勘とかっていうと嘘くせえけど、状況とか危険とか感覚的にキャッチした情報が脳味噌を通らず行動に直結してるってだけで、周りがなにも見えてないってわけじゃねえからな、お前の場合」
脳味噌使わないんだから馬鹿だってことには変わりねえだろうけどよ、と口端を上げるだけの笑みが浮かぶ。
「だからさ、無理に考えようとすんなよ。お前はそのままでいるのがいちばん強いんだよ。頭んなか空っぽにして体ぜんぶを受信機みたいにして、感じ取った方へまっすぐ突っ走っていけばいいんじゃねえの?そうやっていって、もし尤もらしい『理由』が必要になるようなことがあったなら、そのときは俺があとからいくらでも適当なの考えてやるからよ」
そっちもさ、と、オレの手にしたDVDをシカマルが指差す。
「経験の差なんて、どうやったって変わるもんじゃねえだろ。だから考えるな。好きだって気持ちだけ、大事にしてたらそれでいいんじゃねえの」
俺から言わせりゃカカシさんだってお前に甘えてるんだとおもうけど、と独りごとのように付け足された言葉に、目を瞠る。
「先生が、オレに?そりゃねえってばよ」
「そうか?」
シカマルがふいに目を眇める。
「木ノ葉丸が言ってたぞ。おれには熟女趣味ってわかんねえけど、でもそれがナルト兄ちゃんの選ぶ道なら、おれも頑張って理解できるようになる!って」
「ちげえよ!オレは熟女趣味じゃねえんだよ!」
「木ノ葉丸にとっては、お前がオトナにみえるんだろうな。お前にとってカカシさんがオトナに見えるみたいに。だけどオトナってなんだ?知識が多いことか?許容範囲の広いことか?何事にも動じないことなのか?」
シカマルの口から、淡々と言葉が落ちてくる。
「オトナに見えるからって、必ずしもその人間が悟り開いてるわけじゃねえだろうよ。案外どうしようもないことで悩んでたりとかさ」
きっと何歳になったって、生きていくのはおもうようには行かないし、めんどくせえことなんじゃねえの。
そう言って、シカマルがボスッボスッと乱暴にオレの頭を叩く。
「ちょ、シカマル痛ってえよ!」
その掌が離れていくときに、いちどだけくしゃりと頭を撫でられた。
髪をかき混ぜるようなそのしぐさに、ふと遠い記憶が蘇る。
下忍になって間もなかったころに、そういえばこうやって撫でてもらったことがあったような気がする。
おおきな温かい掌の感触、低い声、それから苦いような煙草の香。
「なあシカマル、お前アスマの先生に似てきたよな」
「ああ?そんなの、言われ飽きてるぜ」
はっ、とシカマルが笑い飛ばす。
それからすこし口端をゆがめて、お前にまで言われるとはおもわなかったけどな、と呟く。
その掠れたようなちいさな声は、すぐに木々の葉のざわめきにかき消されてしまったけれど。
「そうだ、似てるっていえばそのDVD、二番目に出てくるムネのでかい女がなんか五代目に似ててドン引きしたぜ」
「はっあああ?お前これ見たの?!」
「なにごとも経験だろ?」
「ええー!いやそうかもしれねえけどそれなんか間違ってる気がするってば!」
「その次の次のはけっこういい感じだったけどな。熟女には珍しいベリーショートで。ムネはそんなにねえんだけど尻から太腿につながる曲線が崩れそうで崩れてない、熟した桃みたいな絶妙なバランスで」
「は、いいいい…?」
「足首がまたいいんだよ、ちょいムチっとしたふくらはぎが踵に向かうにつれてきゅうっと締まっていってて、後背位のときとか力入って爪先を丸めるたびにアキレス腱の筋がくっと浮き出すのがまたこう…」
「ぎゃああ!フェチだ!オヤジだ!シカマルがエロ尻足フェチオヤジだってばー!!」
「だから大声だすなって…」
シュッと軽い音がして、8時の方角から発炎筒の白い煙があがる。
「あ、テンテンたち終わったみてえだな」
「あんたたち!こっちも終わったわ、このひと運んであげてよー!」
イノが医療キットを片付けながら声をあげる。
その向こう側の森の奥から、おーいという長閑な声とともに、下忍を背負ったチョウジが歩いてくる。
ホラ行くぜ、とシカマルに尻を蹴られて、のそのそと腰を上げる。
本とDVDをイノに見つからないようそそくさと荷のなかに仕舞い込んで、隣に並んだチョンマゲ頭を振り返る。
立ち上がったせいですこし目線が下になった黒い瞳に、バカばかりやっていたアカデミーのころと変わらない悪戯っぽい光が浮かんだままなのを確認して、ほんのすこしだけ嬉しくなって体当たりする。
「痛てえなバカナルト」
「足フェチ尻フェチむっつりエロオヤジー!」
「俺はムッツリじゃなくてオープンにエロいね。お前はオープンにド下手なんだっけ?」
「ド下手って言うなってば!」
「じゃあ心中こっそりド下手だっておもっておいてやる」
「それも嫌だああああ!」
ゲシゲシと互いに肩や足をぶつけ合っていたら、じゃれてないで運びなさいよっとキンとした声でイノに叱りつけられる。
ホント男ってしょうがないんだから、と腰に手を当てて仁王立ちしたイノのちょうど真後ろ12時の方角から、ポポポンッと祝砲のように陽気な音をたてた発炎筒の煙が三本、青い空に真っ白な線を描きながらまっすぐまっすぐ伸び上がっていった。
(20120219)
→[6]
<テキストへもどる>