Away From The Sun

[R18]
[6]

なにげなく見遣った窓ガラスに、ポツリと水滴が落ちてきた。

ポツ、ポツ、と次から次へ降りかかってくる雫は、室内の電灯の光を受け止めてチカチカとちいさく輝いてから、ガラスの表面をつうっと滑って消えていく。
雨が降り始めたか。

手にしていた水を飲み干して、キッチンでグラスを濯ぐ。
車椅子でも無理なく使えるように設えてあるシンクなのに、蛇口に腕を伸ばしただけで肩と首の後ろあたりがギチギチと軋んだ。
気圧が低くなると痛む箇所が、このところひどく増えた。
随分なポンコツ具合だと自嘲しながら、洗ったグラスを伏せ置いて、キッチンの電気を消す。
闇へと沈んだ部屋のなかに、パラパラと微かな雨音だけが響いている。

暗いままの廊下を通って寝室のドアを開けたら、明々とともった電灯のもとで本を読んでいる姿があった。
ベッドに腰掛けて足を組んだその膝の上には、分厚いハードカバー。
うつむいた頬に、長めに伸びた黄金色の髪が掛かっている。
既視感をおぼえておもわず息を呑んだら、金の髪がふわりと揺れて、青く澄んだ瞳が静かにこちらを見あげる。
難しげに眉間に寄せられていた皺が、きゅうっとさらに深くなる。
そしてその唇が、ポツンとことばを紡ぐ。

「なあ、この主人公って、いつビーム発射すんの?」
「……………前にも言ったとおもうけど、その本の巻題は『邂逅編』であって『怪光線』じゃない」

ん?と首をかしげて本の表紙をまじまじと見直している闖入者の姿に、溜息をつきながら車椅子を進めて寝室のドアを閉める。
この部屋のなかにも、雨の匂いが忍びこんできている。

「帰ってきてたんだ、久しぶりだねナルト。一ヶ月くらい任務行ってた?」
「36日行きっぱなしだったってばよ!最初は五日の予定の任務だったのに、片付いたとたんに伝令鳥が来てそのまま次の任務行けって言われてよ!そんで次の終わったらまた次って!!五代目のばあちゃんはオレをこき使いすぎだってば!!!もー全然帰らせてもらえないから報告書に『五日分のパンツしか持ってこなかったから里に帰りたいです』って書いたら、次の物資補給のときにばあちゃんってばパンツ送ってきやがったんだぜ!しかも白地にピンクのハートマーク柄のヤツ20枚も!チームのやつらには笑われるしけっきょく一ヶ月以上帰らせてもらえなかったし散々だったってばよおおおお!」

雄たけびをあげながらバタバタとベッドの上で暴れだしたナルトはいつもどおり騒々しくて、先刻浮かんだような気がした面影は、あっという間に霧散した。
俺はいったいなにを感傷的になっているのか。
これも、雨のせいなのだろうか。

「どうでもいいけど、おまえ玄関から入ってきなさいよ」
「だって急に雨降ってきたからさー。ここの窓がいちばん近かったんだってばよ、それに…」

ふいにまっすぐ見つめ返された瞳に、どきりとする。
バタバタ喚いていた子どもっぽさが一瞬で抜け落ちて、こんどは雄の貌へとってかわる。
青い虹彩の奥で、眩しいほどに強い光が閃く。
なんだこいつ、ナルトのくせに。
なんだかむやみと悔しいような気持ちが湧きあがってくる。

「あーそうそうちょうどよかった、取って欲しかった本があったんだよネ。邂逅編の続きが読みたくてー」

だからナルトの瞳が語るものに気がつかなかったフリをして、車椅子をくるりと方向転換して先刻入ってきたばかりのドアに向き直る。
我ながら意地の悪い焦らしかただ。
きっとナルトはまたすぐガキの顔に戻って、盛大にむくれながら書斎についてくるんだろうとおもいながらドアを開けようとしたら、背後から唐突に伸びてきた腕がドン、とドアを押さえる。

「ナルト?」
「本は取らないってばよ」
「なに言っ……ん」

車椅子に圧し掛かるように覆いかぶさってきたナルトに、顎を捕らえられて口付けされる。
すぐさまこじ開けるように歯列を割って舌が入り込んできて、その強引さに内心ですこし笑う。
一ヶ月ぶりだからがっついてるのか。
若いねえ。

車椅子の背にもたれかかって力を抜き、口内のあちらこちらに遠慮もなく侵入してくるナルトの舌を軽くあしらいながら、視界の端の窓ガラスを見やる。
数え切れないほどに降り落ちてくる水滴が、幾筋もの細い縞模様を描いている。
風はあまりないのだろう、窓ガラスに触れる雨音が優しい。

と、いきなり口内から抜け出した舌先が、べろりと左の耳を舐めあげる。

「ひゃっ、な…に?」
「せんせ」

そのまま耳の後ろに吸い付かれて、ゾクリと背筋に痺れがはしる。

「ちょっと、ナルト…」
「なに考えてるの?」
「なにって……っっ」

耳朶に尖った痛みを感じる。
キリリと歯をたてられた箇所を、再び生温かい舌が舐める。
濡れた音がべちゃべちゃと直に鼓膜へ響いてきて、ぎゅっと身を竦めてしまう。
車椅子に腰掛けた両足のあいだを割るようにグイグイとナルトの片膝が押しつけられて、生意気な、とおもう。
身を捩ろうにも両肩をガッチリ掴まれていて動けない。
馬鹿力め、と眉を顰めながら自由になる指先を伸ばして、ナルトのジーンズのフロントジップあたりを下から上へなぞってやる。
うわああっ、と焦ったような声があがるのに気をよくしてもう一度。
引いて逃げるかとおもったのに、ハアッと耳元で息を吐いたナルトがさらに腰を押し付けてくる。
よほど溜まっていたらしい。

口端を歪めて笑いつつ、フロントボタンをはずしてジッパーを下げる。
鼓膜に熱い息が吹き込まれるのを感じながら、わかりやすく反応したところを撫でてやる。
せんせ、と強請るような声とともに腰を揺らされて、仕方のないやつだなと苦笑しながら邪魔そうにしている布地をすべて押し下げて直接に触れてやる。
固く芯をもったかたちを確かめるように幾度か指の背でたどってやると、あっという間に先端が濡れる。
掌で握りこんでゆるゆると動かしつつ親指の腹で窪みをぐちぐちと押しつぶしてやっていたら、じれったげに呻いたナルトが腕を伸ばして掌ごと上から鷲掴みにし、力ずくでスピードを速める。

「こら、ナル…んんっ」

再び重ねられた口内を好き勝手に舌で蹂躙しながら、ナルトがどんどんとスピードをあげていく。
己の意思など関係なく動かされる掌の中で、握りこんだ芯がドクリと熱く脈打つのを感じる。
ちょっと待て、と文句をいいかけた舌がナルトの歯先に捕らえられる。
キュッと噛まれた、とおもったら引きずり出されるようにして舌が絡みつく。
息が苦しい。
掴まれた手の上からぐぐっと痛いほどの力がこめられて、合わさった唇のあいだから喉を震わせるような呻き声が注ぎ込まれる。

気がつけば、掌がベットリと濡れていた。
ようやく開放された口から酸素を貪っていると、こめかみにチュ、と恥ずかしくなるような音を立ててキスが落とされる。
それから、はああ、という満足げな溜息。

「あーやっぱセンセ巧いわ」
「はあ?なに言ってんのバカじゃないの…っていうかこれどうするのヨ…」

巧いもなにもないくらい勝手にヒトの手を使ってくれたくせに、とベタベタの両手を中途半端に開いたまま憮然としていたら、悪りぃ悪りぃと能天気に笑ったナルトがおもむろに着ていたTシャツを脱ぎ、その布地で濡れてしまった手をぐいっと拭う。

「ちょっと、なにで拭いてんの」
「あとで洗うからいいってばよー」

そのまま丸めたTシャツをポイと床へ放ったナルトが、中途半端に脱げ掛かっていたボトム類もついでのようにひょいひょいと脱ぎ捨て、よいしょと間の抜けた掛け声をかけながら俺を車椅子から抱き上げ、ベッドに降ろす。
ぽすっと背中がマットレスに沈むと同時に、ナルトが上に圧し掛かってくる。

「ナルト!」
「なあにー?」

すっとぼけた返事を寄越しながら、青い目が真上から覗きこんでくる。
バカみたいに嬉しそうな笑みに、そうだこいつはバカだったんだとあらためて認識する。

「ったく……ハイハイ、わかったヨ。するなら電気消して」
「いーやー」

至近距離で返ってきた答えに、え、とおもわず聞き返したら、嫌だって言ったってばよーと相変わらず能天気な笑顔のままで繰りかえしながら、するりと頬を撫でられる。

「嫌なのはこっちのほうだ。消せって」
「だってオレ明るいほうがいいもん」
「俺は嫌なの。消せ」
「んじゃ、せんせーは服着てていいってばよー」

ニカッと笑いながら首筋をなでおろした指先が、寝衣の襟元を軽く引っ張る。
オレの腰の上あたりに跨ったナルトは、いつの間にやら見事に全裸だ。

「っ、おまえに羞恥心ってもんはないの?」
「しゅーちしん?」
「恥ずかしくないのかってことだよ!」
「なんで恥ずかしいの?だってオレはオレだし」

オレのことなら先生は全部とっくに知ってるでしょ、と。
すうっと眇められていく目の奥でまた閃いた強い光に、息を呑む。
無理矢理に顔をそむけながら圧し掛かってくる体を押し返してやろうとして、持ち上げた手がまだべとついているのに気がつき動きを止める。

「あれ、まだ付いてたってば?」

ふいに手首を掴まれたとおもったら、掌をべろっと舐められる。

「なっ…なに舐めてるの?!」
「んーオレのだけどー、先生の手についてるとなんか美味い気がするー」
「バカか」

振り払おうとした腕を逆にしっかりと拘束して、指の一本一本をナルトが順に口へ含んでいく。
温かい舌が皮膚をなぞって指と指のあいだの柔らかな部位を突つく感触が、チリチリと弱電流のように神経を駆け抜ける。
小指から親指まで、五本の右指を気が済むまでしゃぶったら、つぎは左。
さっさと押しのけてしまいたいのに、唾液でさらに濡らされた手でナルトの肌に触れるのがなぜだか躊躇われる。
目のまえにある日焼けしたなめらかな首筋の皮膚が、あつく熱を発しているのが伝わってくる。
それと対比するかのように、濡らされた指先がひやりと冷えていくのがいたたまれない。

「もう止めろって、しつこいよ!」
「なんでー?」

俺の中指を口に咥えたナルトが、付け根あたりをかるく上下の前歯に挟み、扱くように先端へと滑らせる。
爪と皮膚のあいだの狭い隙間を穿るように舌が押し付けられる。
わかりやすすぎる隠喩に鳩尾が疼きだす。
口内から引き出された指が濡れて光るのがまともに目にはいって、頬が熱くなる。

「せんせーは紺色が似合うよなー」
「はっ…あ?」
「忍服の黒も格好いいけどさー、こういう紺のほうが先生の色の白さが引き立つよね」

電気消しちゃうと黒でも紺でも一緒に見えちゃうからさあ、と呑気な科白を吐きながら、濃紺の寝衣の袖口を鼻先で押しあげて手首の内側をやわく噛み、そこからまた指先へ向けてゆるゆると唇を滑らせていく。

「そういうことは俺なんかじゃなくて女の子にでも言えばいいでしょ。もう、やるならさっさとやりなさいよ」
「だってオレめずらしくまだ余裕あるしー」

ニヤリと目を細められて、はっとする。
しまった、先にイかせるんじゃなかった。

親指の下のふくらみに尖った歯先が当てられて、皮膚を削ぐようにじわじわと手首へと滑りおりていく。
振りほどくこともできない腕が、ひくりと揺れてしまう。
掌の窪みを、温かい舌がなんども掬う。
押し付けられた鼻先が、指の谷間をふにふにと擽る。

「せんせ、これきもちいーい?」
「……っ、バカな犬に、舐められてるのと一緒だよ。なにやってんのよ俺の手なんて舐めてたっておもしろくないでしょ。やんないならもうどきなさいって」
「だってオレ、せんせーがドコ好きか知りてえもん」
「はああ?」
「せんせい、好きだ」

小指の先にキスをして、ナルトが囁く。

「あーそうハイハイ。ありがとネ」
「先生いっつもそうやって受け流すよな」
「あたりまえでしょ。俺なんかにホントに告白してどうすんの」
「でも、好きだ」
「俺が『巧い』からそんな気になるだけでしょ。女の子じゃないんだから、そういうのはいいって。スッキリしてそれで済むんだから、余計なこと言ってないでやりたいだけやればいいじゃない」

返事をする代わりのように、ナルトが小指の第一関節あたりをキュッと噛む。
なにするんだと睨みあげたら、眉間にキスが落ちてきた。
皺寄った、という笑い声とともに。

「あのさあオレさあ、すげえひさしぶりに隊長に会ったんだってばよ火影室の前で」
「は…?それが、なに?」

なんの関係があるんだと苛立ったのが表情に出たのだろう、皺深くなったというくすくす笑いをのせた唇が、ふたたび眉間に触れる。

「隊長はカカシ先生とレンアイしてたの?いまもしてるの?って訊いてみた」
「あのねえ……だから、俺はヤマトとはべつに…」
「うん。隊長はね、それをキミがボクに訊くのかい?って。それだけ言ってオレの肩ポンて叩いて、行っちゃった」

眉間を離れた唇が睫毛に触れて、おもわず閉じた瞼のうえを湿った感触が通り過ぎていく。

「先生は、『余計なこと』だって言う。オレも正直レンアイって女の子とするもんだとずっとおもってたし、女の子相手のときみたいに先生のこと『守ってあげたい』とかっておもうわけじゃねえし。むしろオレ先生にどんだけ守ってもらってたかわかんねえし今だってやっぱり先生のそばにいるとワガママ許してもらえて受け入れてもらえて『守られてる』って気がするし。いまのこういう気持ちって、ほかの誰にも感じたことねえもんだしさ、これがレンアイカンジョーってもんなのかとかなんて、ホントはよくわかんねえんだけど」

寝衣をまとったままの左肩から肘までをナルトの掌が幾度も撫でていく。
目尻を舌先で突ついて促されて、開いた右眼のすぐまえで、焦点の合わないほどに近づいた青い目がじっと覗きこんでいる。

「でも、もう、それでいいことにした」

肩先をゆるりと覆った掌が、背中側を通って首筋を撫であがる。

「なに、それ…」
「オレは、先生がいつでもオレのことを見てくれてるの知ってる。オレのことだけ、他の人と違う目で見てんのは、わかる。それがレンアイじゃないって言うなら、もうなんだっていいや」
「ナル…」
「せんせい、好きだ」

まっすぐな瞳で、ナルトが告げる。

「……っ、だから、俺相手にそんなこという必要ないって言ってるでしょ。俺はもうここで、足掻きながら生きてるだけの価値しかないよ」
「足掻くのは、苦しむためじゃなく幸せになるためだってばよ」
「は?幸せって、忍のくせになに甘ったれたこと言ってんのよ、バカじゃないの」
「オレはバカだってばよ」

なぜか誇らしげにナルトが言い切る。
だめだこいつ、ホントにバカすぎる。

「なに威張ってんのよ」
「先生だってオレと十年も一緒にいるんだから、いい加減もうすこしオレみたいにバカになってよ」

オレに似てくれるんだろ、と。
ナルトの両手に痛むほどにぎゅうと頬を挟みこまれて眉を顰めたら、ふいにゴツリと額をぶつけられる。

「先生はまだ格好良すぎるんだってばよ。オレと一緒にみっともなく足掻いてくれるんじゃねえの?」

額を付き合わせたままで、ナルトが鼻先を摺り寄せてくる。

「オレはいつだって格好悪く足掻くことしかできないけれど、足掻きつづけているのは苦しいことだけれど、それでも苦しむために生きているんじゃない。だって足掻くのは、幸せになるためじゃないか。生きていてよかったと、楽しいと、笑っていられる瞬間をいちどでも多く持つために足掻くんじゃねえの?」
「……俺は、おまえとは違うよ。俺には幸せになる資格なんてないし、必要もない」
「あるよ。生きている限り誰にだって足掻く資格はあるじゃねえか。そんで足掻いてたらふっと浮上するときだってあるだろ。つらいとか、しんどいとか感じるときがあるなら、嬉しいとか楽しいとかおもう瞬間だって絶対あるんだよ。だってそれが生きてるってことじゃねえ?」

頬を挟んでいた掌の力がゆるみ、親指がやわらかく目の下あたりを撫でていく。

「そういう瞬間はさ、長く続かないかもしれないけど。すぐまた苦しいばかりのときが続くかもしれないけれど、でも辛いとか悲しいとかいう気持ちと向き合うのとおなじように、嬉しいとか楽しいとかって気持ちにもがっつりと向き合わなきゃ、ちゃんと足掻いてることになんねえだろ?ちっちゃいことでも、くだらないことでもさ。そんで、そういうちっちぇえもんが胸の中に積み重なっていくことが、幸せってことなんじゃねえの?」

うまく言えねえんだけどさ、と呟いたナルトがデカい犬のようにまたすりすりと鼻先を摺り合わせる。

「だから先生、嬉しいとおもうことから逃げないでよ。楽しいとか、おいしいだとか、あたたかいだとか」

きもちいいだとか、と囁く声が耳朶をくすぐる。

「オレは隊長みたいに頭良くないし、気も利かないし、ガキだし、先生を幸せにしてあげるなんてセリフは言いたくても言えねえけれど。せめてこうしているときには、先生がきもちよくなれるところを教えてよ。オレだけじゃなくて先生もきもちよくなって。苦しいことだけに向き合って、壊れて消えるの待ってるだけなんてやめてくれよ。オレバカだし考えなしだし、たぶん一生かけても先生になんて追いつけないけど、でもオレ、先生が笑えることたくさんするはずだし、先生が楽しいとおもえることだって、きもちいいところだって、一緒にいっぱい見つけられるってばよ」

耳元に押しあてられた唇が、首筋をすべりおりてシャツの襟の隙間に留まる。
寝衣の裾から入りこんできた温かな手が、脇腹をゆっくりとなぞる。
肋骨を数えるようにじわじわと這いあがってきた指が、やがて胸の先端を捉える。
親指の腹で捏ねるように押しつぶされて、ときおり爪を立てられる
ぞわぞわとした電流が背筋をはしる。
のがれようとした上体をナルトが右腕一本で押さえこみ、寝衣のボタンを外していく。

下から四つ目までを外したところで、ふいにナルトが手を止める。

「そうだ脱がしちゃいけないんだったってば。電気つけてるもんな!」
「え……ちょ、んんっ」

ボタンひとつだけ残したまま、上衣のなかに潜りこむかのように鼻先を突っこんだナルトが、ぺろりと胸の先端を舐める。
温かく濡れた感触に鳩尾がしびれて、おもわずじぶんの手の甲を噛む。

「あ、これはきもちいいんだ?」
「…っ」
「おっと」

ひょいひょいと俺の腕を捕まえて両手指を揃えるように重ねたところへ、ナルトの左の五指がぎゅうっと組み合わされる。
両手をナルトの左掌ひとつで拘束された形になって、ああこいつの手はこんなにも大きくなったのか、という場違いな感慨を抱く。
そして湧きあがるのは苦いだけの気持ちだ。
俺は、教え子と、いったいなにをやってるんだろう。

「なによ、こんなことしなくても俺は逃げないし、そもそもこの足じゃ逃げられないよ。知ってるでしょ?」
「先生が逃げないでいてくれるのはわかってるってばよ。でもオレはねえ…」

前触れもなく、ナルトが胸の突起に噛み付く。

「あっ…っつ」
「オレは先生の声が聞きたいの」

甘くはしった痛みのあとを、濡れた舌がなんども舐める。
ピリピリとした痺れが下腹部へ伝わっていく。
むずがゆい感触に奥歯をかみ締めて身をよじるけれど、太腿に体重をかけて乗り上げられている体勢では避けようもない。
中途半端にめくれあがった上衣のあいだを、ナルトの右手が彷徨う。
古傷の凹凸をいくつか指先でたどり、腰骨を温めるかのように包みこんだその手が、下衣と下着のウエストゴムを押しさげて、迷いもなく中心に触れる。

「く…っ」
「あ、よかった反応してた」

かたちを確かめるようにつうっと撫でられて、腰が震える。

「オレはさあ、このへんをこうやってされんのが…」
「ん…んっ」
「お、先生もここ好きなんだ?」

最奥から先端へ、ぐいと擦りあげられるのと同時に括れを指先でなぞられて、食いしばった歯の間から吐息が洩れる。

「濡れてきたよ。このへんがイイ?あとこういうの…」
「く………ん、あっ」
「うわ、いーい声!」
「…っ、うっさいよおまえ!手ぇ離せ!」
「やだってばよー」
「これぐらいの拘束、俺が解けないとおもってるの?指折るぞ!」
「げっ、本気?」

返事のかわりに掴まれた両手にぐっと力をかけてやると、ナルトが慌てて指を解き離す。
ほっとしたのもつかの間、いきなり腰をかかえて上体を引きおこされる。
無理やり方向転換させられて、ベッドの端に腰掛けるような体勢にさせられる。
ナルトを、背もたれにするような格好で。

「ちょっと!」
「へっへー、これなら大丈夫だってばよ」

がっしりと筋肉のついた左腕に、うしろから両腕ごと上体をかかえこむように抱きしめられて振りほどけない。
動かない足では、立ち上がるどころか広げられたままの膝を閉じることさえできない。

「ずるい…、でしょっ」
「いやいや、これぐらいのハンデ貰わねえとオレぜんぜん太刀打ちできねえからよー…うはっ、いい眺め!」

肩越しに覗きこんだナルトの喜色に己の姿を見直せば、かろうじてボタンがひとつだけ留められた上衣に、半端に摺り下げられた下衣。
電灯のあかりに晒された半身は、隠しようもなく反応したままで。

「…っ、ナルト、電気消して」
「駄目だって。そのかわりに服脱がせてないだろ?」
「こっちのほうが余計恥ずかしいよ!」
「うん、ほんっとエロいわ、半端ねえなこれ…」

寝衣のあいだから差し込まれたナルトの右手が、臍の窪みをたどって下腹へと撫でおりていき、中心を握りこむ。
見ているのが耐えられなくてぎゅうと目を瞑ると、せんせい耳が真っ赤、という囁きとともに耳朶を噛まれて、肩が跳ねる。
力強い腕に拘束されたまま、ゆるゆると扱かれて呼吸が乱れる。

「…はっ……ん、よせって、ナルト…っ」
「固くなってきたってばよ。きもちいい?」
「く…っ、やだ、やだって、離して!」
「ぐちゃぐちゃいってる。すげえ濡れてるね」
「実況すんなバカ……んんっ」
「これくらいだったらローションの代わりになるかなあ」
「は…?ん、ああっ」

ぐいとベッドの端へ押しだされるのと同時にナルトの太腿のうえへ乗せられて、不安定さに文句をつける間もなく後孔を濡れた指がなぞる。

「やだ、や…っ、なに…」
「だってこの体勢じゃローションはいった引き出しに手ぇ届かねえし」

取りにいったりとかしてたら、もう二度とこの体位にさせてもらえなさそうだし。
愚痴っぽく、でも隠しようもなく楽しげにナルトが呟く。
ぬらぬらと粘り気を塗りつけるように後孔の周囲で円を描いていた指先が、つぷりと中へ差しこまれる。
異物感に唇を噛んでいたら、いったん抜け出した指がやわやわと屹立をゆるく上下し、先走りを集めるようにしてまた後孔へ塗りつける。
濡れた指先が入り込んでくるのを感じる。
こんどは、もっと深くへ。

「う…っ、あ、あ」
「キツイね。痛い?」

一ヶ月ぶり、なんだよね?と。
なぜかそこだけ掠れた低音で訊かれて、なにが言いたいんだと苛立ちをぶつけようとした声が、裏返る。

「ひゃ、あ……っ、」

唐突にもう一本の指が押し入りかけて、ピリピリと裂けるような感覚に悲鳴が上がる。
あ、やっぱキツイ、とほっとしたような呟きとともに二本目の指の圧迫が消え、謝罪するかのようにやさしくゆっくりと、差し込まれた一本目の指が中をさぐる。
その周囲をマッサージするように親指の腹がじわじわと撫でる。
痛みはなくとも強張る肩に、布越しの口付けがいくつも落ちる。

「ねえせんせ、映ってる」

首筋をなぞってこめかみを伝いのぼった唇が、ノックするように何度も目尻を啄ばむ。
薄く開いてみた右眼のさき、すこしぼやけた視界に映るのは見慣れた寝室だ。
薄茶色の板床、白い壁紙、暗いガラスに反射する…

「……っ!」
「部屋んなかが明るくて外が暗いと、けっこう反射すんだな、鏡みてえ」
「やだっ、やっ、やだ、離せ、灯り消せ!」
「うわ、えっろ…せんせ、見える?」

腕の拘束をゆるめて窓ガラスのほうを向けさせようとするのを、もがきながら必死で拒む。
腰をひねった拍子に埋め込まれた指がさらに奥へと進んで、息が止まる。
片手で中をさぐり、もう片方の手で屹立を扱かれて、与えられる刺激の大きさに涙が浮かんでくる。
滲んだ視界に映る、己のあられもない姿から必死に視線をそらす。
闇を映した窓ガラスの端に、幾筋もの雨の線が落ちていく。
はっ、はっ、と呼吸がどんどん浅くなっていく。
強い拘束からは開放されたのに、自由になった両手でナルトを押しのけることもできず、逆にその腕に縋りついてしまう。
弛んできた後孔に指が増やされて、小刻みな震えの止まらなくなった背を宥めるように、ナルトの熱い肌がピタリと密着する。
薄い布地越しに、じわりと背中が温められていく。
霞がかってきた思考のままぬくもりのもとを振り返ったら、視界の端で金色が輝く。

ああ、これは。
朦朧とした頭のなかで、記憶の断片がチラチラと閃く。
これは、あの、夢に見た樹上の光だ。
暗い地平から迷いもなく昇ってくる、清々しく澄んだ朝の陽光だ。
もう二度と見ることはないとおもっていた、黄金の煌めきだ。

押し寄せる波のように蘇ってくる夜明けの情景が、勝手に眼前の輝金色に重ねあわされていく。
瞬きをしたら、目の端からボロリと涙がこぼれた。
ボロ、ボロと目尻から頬、顎へといくつもの大粒が落ちる。
熱に浮かされながら、頬をつたっていく滴の冷たさをぼうっと他人事のように感じていると、電灯の人工光をうけてきらめく金髪の持ち主が、わわっ、と焦ったような声をあげる。

「ちょ、せんせ!な、泣くほど嫌だった?!」

慌てたように顔を覗きこみながら埋め込んでいた指をずるりと引き抜かれて、おもわず悲鳴が洩れる。
涙が出るのは生理現象だ、と怒鳴り返すこともできないまま荒くなった息をなんとか整えていると、屹立を攻めたてていた指先もが離れて、俺の肩から二の腕あたりを、困ったようになんども宥めるふうに撫でさする。

「ごめん、オレ調子に乗りすぎたかも。ごめん!泣かせる気はなかったってばよ、大丈夫?痛い??」

中途半端に断ち切られた快楽が、からだの中で轟々と渦を巻く。
ビクリ、ビクリとからだのあちこちが痙攣する。
頭の芯が痺れて、うまく働かない。
畜生、バカヤロウ、バカナルト!

「…っ、はっ…、俺、リハビリ、す、る……」
「え?」
「……いま、ここで、おまえに蹴りを入れられ、ないの…が…っ、こんな、残念だとは、おもわなかっ……、リハビリ、して、足動かせるようになって、そしたら絶対、おまえに、踵落とし喰らわせてや…るっ」

鳩尾あたりで、出口をなくした熱が燻って、辛い。
ナルトの掌の温度も、寝衣の布地が肌に触れるのすらもが刺激になる。
はっ、はっ、と短い息を継いで必死に耐えていたら、唐突に後ろから強く抱きしめられる。

「うん、オレも、せんせいに蹴られたい!」

肩口に額を押しつけるようにして、ナルトが叫ぶ。

「オレ、せんせいに回し蹴り決められたい!あとドロップキックと、ドラゴンスクリューと、スープレックスと4の字固めと竜巻旋風脚!」
「…っ、はっ、バカでしょ、おまえ」
「うん!」
「なに、喜んでんのよ、蹴られたい、なんて…マゾなんじゃ、ないの?」
「うん」
「バカ」
「うん」
「バカ……」

抱きしめてくる強い腕が、すこし震えている気がする。
それとも震えているのは己のからだだろうか。
甘えているような子どもじみた仕草で、ナルトがなんどもなんども肩に額を擦りつける。
そのたびに揺れる金の髪が首筋や耳朶をくすぐって、半端に高められたからだを煽る。
わかってやってるなら性質が悪い。
わかってないからガキなんだ!

はあっ、と熱い息を吐きだして、ナルト、と口にのせたことばが、掠れる。
唇を噛んで堪えようとしても、身のうちで暴走する熱は静まりそうもない。
乾いた唇を湿らせて、短い息を幾度も吸って、小声で囁く。
もう限界、と。

不思議そうに動きを止めるナルトの鈍感さに、やっぱりこいつに蹴りいれたい!いますぐ蹴倒したい!という衝動が突きあがってくる。
じぶんだってガチガチのものを俺の腰に押しつけてるくせに、俺が泣いたら止めるのか。

頬にじわりとまた熱がのぼる。
ホントにバカだ。
ああ、だけど。
だからこそ『うずまきナルト』なんだったか。

「ねぇ、も、無理だから……、おねが、い」

耳が茹るほどに熱くなるのを感じながら、ナルトの右手を掴んで下腹まで引きおろす。
羞恥に声も、指先もが震える。
容赦なく明るい光のもとで、ためらいと矜持を無理矢理まるごと飲み込んで、ようやくのおもいで口をひらく。
 
「………きもちよく、して、ナルト」

うつむいたまま、掠れることばをなんとか搾り出したら、背中でぴきっとナルトが固まる気配がする。
たっぷり十秒以上もフリーズしてから、おあああああーっ?!という雄叫びがあがる。

「うっわ!それやっべ!ちょっといまイきそうになったやっべえ!ギャーちょっと待ってなにそれせんせいやべえよ反則!いま挿れたらオレ一秒でイくってばやっべえええ!!」
「…っ、死ね!」

バカすぎる反応に、呆れるのを通り越す。
そしてこみあげてくるのは、どうしようもない笑いだ。
乱れきった呼吸の合間でククッと喉の奥を鳴らしたら、目をまんまるにしてナルトが俺の顔を覗きこむ。
その表情が、やがてじわじわとおおきな笑顔に変わる。
煌めく金の髪と真っ青な瞳が眩しすぎて、目を背けたいのに目が離せない。

「せんせい」
「……ん」
「きもちよく、なって、先生」
「ん」
「頑張りますので」
「バカ……おまえも限界、でしょ」
「んでも頑張るってばよ!」
「……ばー、か」

背中から、ぎゅうっと強く抱きしめられる。
それから肩を押されて、ゆっくりとベッドの上に横たえられる。
中途半端に脱げかかっていた下衣を抜きとり、最後のボタンを外した上衣も取り去る。
ひんやりとしたシーツの感触に、ビクリと背中が反る。
こんなに温度差を感じるなんて、俺はどこまで熱くなっているんだろう。
シーツと背中のあいだに腕を差し入れてきたナルトが、宥めるように肌をなでる。
こめかみにやわらかな口付けをして、首筋に顔をうずめてくる。
その背に腕を回そうとして、持ち上げた両手が、空中で止まる。

目のまえにあるのは、眩しい黄金の髪。
傷ひとつ残っていない、健康的に日焼けしたなめらかな皮膚。
その向こう側に見える己の腕は、人工灯の光で余計に生白く、筋肉は落ちているのに女のようにやわらかくもなく、筋張って古傷がいくつも散らばっている。

動かせなくなった腕の、こぶしを握る。
胸の奥が急速に冷えていく。

俺に、この背を、抱きしめる資格なんて。

半端に持ち上げていた両の腕が再びシーツに向けて落下しかけた瞬間に、耳元で声がした。

「先生オレしみじみおもったんだけどさ、着衣エロもすんげえソソるけどやっぱせんせは全裸がいちばん…いっでええ!」

とっさに拳を固めて、目のまえの金髪をおもいっきり殴る。
なにが着衣エロだ。
全裸がなんだって?!

「せんせグーで殴んのナシ!ちょっとは手加減してくれってばよ!だいたいさあ、せんせーがエロすぎんだっつのホラさっきまで服で見えそうで見えなかったところがいま全開になってんだぜ?鎖骨の窪みとか真っ白な肌でそこだけほんのり色づいたち…うわわわ待った待ったぎゃあああああチャクラ錬るのナシ!雷切反対!!!」

無言のままバチバチと掌で散らした青い火花の上に、ナルトが慌てて手をかぶせてくる。
イタイイタイ痺れるヤメテヤメテとうるさく騒ぎながら、互いの両掌を重ねて、五指を組みあわせる。
そのまま両手を強くシーツに押し付けられて、ムッとしながら見あげたら、ナルトがすこしだけ困った顔をする。

「褒めてんだってばよ?」
「褒めなくていいからおまえはちょっと黙れ」
「オレを静かにさせるのは蟻に舟を漕がせるより難しいってネジが言ってたってば」
「ネジ君にあんまり世話かけるんじゃないヨ……」

ぐったりと首を折って溜息をついた視線の先に、つなぎ合わせた掌が見えた。
先刻触れるのを躊躇った日焼けした肌が、己の生白い手を握りしめている。
ナルトの体温が、重なった掌からじわじわと伝わってくる。
温もりと、そして間違いようもなくわかりやすい感情が。

「せんせい」

迷いのない声が落ちてくる。

「カカシせんせい」

首を廻らせれば、まっすぐに覗き込んでくる青く澄んだ瞳に捉らえられる。

「先生、愛してる」

そのまま唇が重ねられて、答えることばを発することができないほどに舌が絡む。
答えることができない理由を、作ってでもいるかのように。
答えることができないのを、許してでもいるかのように。

胸の奥に湧きあがってくるどうしようもない痛みと熱を、ぐっと目を瞑ってこらえる。
目頭が、じわりと滲むように濡れていく。

そして長い口付けの息苦しさのせいにして、離さぬように捕まえていてくれるナルトの両手を、声に出せない想いのままに、ギュッとただ精一杯に強く握り返した。

(20120322)

→[epilogue]

<テキストへもどる>