日を暮らす: ひ


朝食の片付けをしていたら、テーブルの隅に置いてあった新聞のあいだに挟まれた広告の片隅に、ゴチャッっとした文字が書いてあった。

「11わのこー〜ー3すある〜○すまでゆ3?」

数字と記号とひらがなが入り混じった文字は、一読しただけではまったく意味がわからない。
しかしこの謎の暗号の、書き手だけは確実にわかる。
ナルトだ。
つい先程までこの椅子に座って、寝ぼけた顔でトーストを囓っていたヤツだ。
昨夜眠りについた時間がひどく中途半端だったから、まだ目が覚めきってなかったのだろう。
珈琲の飲めないオコサマのために牛乳を注いでやったコップを、持ち上げたままボンヤリテレビを見つめて動かなくなっている姿に苛立って、おまえは今日岩の国まで行って任務じゃないのと、手元にあった新聞丸めてスパーンと頭を引っ叩いてやったらようやく大慌てで朝食を飲み込んで、バタバタとやかましく出かけていったのだけれども。

あのときこんな暗号が書いてあっただろうか。
そういえば、テーブルの上には黒いボールペンが一本転がっている。
伝令の簡単な符号ならともかく、密書類は全く解読できないナルトに、暗号が書けるともおもえない。
つまりこれは、暗号のようなただの汚い文字だということだ。

やれやれ、とため息をついて文字列を見直す。
あいつの字の汚なさから考えると、この記号や数字に見えるのも文字かもしれない。
そういえば、あいつの書く「ろ」はいつも「3」に見えるな。
じゃあ「11」は「い」か?
いわの…岩の?

そこまで考えて、ふとおもいだす。
見るともなしに見ていた朝のテレビの情報番組のなかで、各地で美味しいと人気の限定珈琲豆を紹介していたのを。
わかった、これは「いわのこーひーろすあるぺすまでゆろ」。
「岩のコーヒー、ロスアルペスマデュロ」か。
あいつの今日の任務地は岩の国だ。
もしかして、買ってきてくれるつもりだったのだろうか、俺のために?

「…ぜったいに、三歩あるいた時点で忘れただろ、この名前」

せっかくメモしたのにそれを忘れていったなら、美味い珈琲の土産は期待できない。
役に立たないヤツだなと鼻先で笑ってやりつつも、寝ぼけながらでもわざわざメモをしていたことに胸の奥がくすぐったくなって、なんてことのない暗号文を、捨てられないまままたそっと、テーブルの片隅に置いておいた。


ひ  筆跡のせいでなんとなく、ただの紙切れが捨てられない
(20120817)

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