役得ってやつですか?

[R18]

カチャカチャと食器が音を立てている。
それから水道の蛇口を捻る音、流れ出た水が食器を濯いでシンクの排水溝へ落ちていく音が、真っ暗なキッチンに静かに満ちている。

嵐のせいでぶっつり切れてしまった電線が復旧する前に、野営用のランプのオイルがすっかり切れてしまった。
そろそろ無くなるから補充を貰ってきてくれと先生から頼まれていたのを、さっぱり忘れていたオレのせいなんだけれど。

停電のうえランプの灯すらもなくなってしまって、鳥頭にお使いを頼むんじゃなかったとぶつくさ言いながらも、カカシ先生は真っ暗になってしまった台所でさらっと晩飯を作ってくれた。
土鍋で炊いたほくほくの米を塩味の効いた握り飯にして、具沢山の豚汁と、ツミレ団子のあいだに色々な夏野菜をたくさん刺した甘辛いタレの串焼き。
暗闇のなかでも食べやすいようにとさり気なく工夫された夕飯を二人で食べたあとは、特に不自由もなさそうに食器を洗っている。
オレが洗うよと申し出てはみたけど、おまえじゃ汚れが残りそうだと却下された。
まあ確かに先生なら目を瞑ったままだって、一点の曇りも残さぬ完璧さで食器を綺麗にできるんだろうけど。

「ナルト、テーブルの上を拭いておいてくれる?」
「ほーい」

返事をした瞬間にヒョイと投げられた台布巾を、気配だけでキャッチする。
汚れているのかいないのかよくわからないテーブルの上を、出来るだけ丁寧に拭く。
机上にひとつだけ残されたグラスには、鉢植えから切り取られたらしき紫陽花が一枝挿してあった。
そのほわほわした花の感触をついでのように軽く撫でてみてから、テーブルを拭き終えた台布巾を、投げ返すかわりに先生へ歩み寄る。

「拭けた?」
「うん」

台布巾を寄越せ、という意味なのだろう、先生が片手を差しだすのに気付きながらも、そのままピタリと先生の背中に張りつく。
追い抜いたとはいっても数センチ程度しか身長差がないのをいいことに、右首筋に顎を乗せるようにして先生の肩越しにシンクのあたりを覗き込み、両脇の下あたりからニュッと腕を突き出して、さながら二人羽織の要領で、使った台布巾を手探りで洗う。
密着した上半身に、先生の肩甲骨の動きが直に伝わる。
食器用洗剤の人工的なオレンジの香りと、柔らかな癖毛の感触に鼻先を心地よく擽られながら、冷たい水道水で台布巾を濯ぐ。
ううむ、これはなかなか役得だってばよ。

「おい、邪魔」
「洗うってばよ〜、ごっしごし〜」
「俺が洗うから寄越せって、くっつくな暑苦しい」
「くっつかないと暗くて見えないし〜。あ、先生この皿がラスト?」

ザッと洗った台布巾をギュッと絞り、先生が手にしていた皿も奪い取って流して、水切り籠に立てる。
ついでに捕まえた先生の両手を、ごっしごし〜と適当な歌をうたい続けながら撫で洗う。
濡れた細い指のあいだと、硬く短い爪。

「鬱陶しいよ、おまえ。どけ」
「ひっでえな〜オレお手伝いしてるのに〜」
「手伝いたいなら風呂でも洗って来い。暑いんだから、離れろって」
「うわ、ちょ、せんせ待っ…」

振り払われた弾みで腕が蛇口に当たって、ジャバッと水が跳ね飛んだ。

「あー…、せんせ、濡れちゃっ、た?」
「ナルトォオ…」

二人羽織の後側に居たせいでオレは全然濡れなかったけれど、地を這うような低い声のおかげで先生には相当の水がかかったのが察せられる。

とりあえず蛇口を捻って水を止め、手探りで濡れたところを確認する。
任務中でもないのに当たり前のように着ている忍服のアンダーシャツの薄い生地が、胸から腹にかけてベッタリと張り付いている。
引き締まった腹筋の凹凸が布地の上からでもわかるのに、おおお、と感動してひとつひとつの窪みを掌で確かめる。
鳩尾、胸骨のあいだを這い登って胸筋の上を彷徨った指先が、やがてちいさな尖りに触れる。

「おい」
「だいぶ濡れちゃったってば、ね」

振りほどこうとする両腕をぎゅうと抱き込んで拘束し、そのままシンクへ腰から大腿を押し付ける。
濡れた布地越しにわかる微かな胸の尖りを爪の先で引っ掻き、押し潰す。
身を捩って避けようとするのに更に体重をかけて、ハイネックと耳朶との隙間の肌に口付ける。
ビクッと肩が震えたのに気をよくして、耳朶ごと口に含み、軽く噛む。

「離せ、こんなとこで盛るな、バカ」
「んー、晩御飯食べたからさー、デザート?」
「大根の葉っぱでも齧ってろ」
「えぇええ〜?もっと甘いの、くれってば、よ?」

耳の内側に口をつけて、ひとことひとこと息を吹き込むように囁いたら、抵抗して突っ張っていた腕の力が一瞬だけふっと抜ける。
その隙をついて細い腰を引き寄せ、下着ごと強引にボトムをずりさげる。

「お、いっ」
「だいじょーぶ、真っ暗だから何も見えねえってばよー」
「バカ、待て、…っ」

まだ反応のない先生の中心を握り込み、ヒクリと竦む背中を宥めるように覆いかぶさりながら、胸元を撫で、尖りに爪を立てる。
刺激から逃げるように上体を丸めるせいでオレの下半身に腰を押し付けるようなかたちになって、先生の背中が更に強張る。

「よせ、って、ナルト、こんなとこで…っ」

先生の声が低く掠れるのに、ああ怒ってるなあとおもいながらも、握りこんだ右手をゆるゆると動かして、親指で先端を優しく擦る。
左の手は濡れた服の上から、尖りを引っ掻き、摘まんで捏ねまわす。
嫌がる先生の呼吸がほんの少しずつ乱れはじめ、右手の中身に熱く芯が通っていく。
耳のなかの複雑な凹凸を舌でなぞったら、先生が声を殺すように唇を噛んでいることに気が付いた。
胸の先を弄っていた左手を持ち上げて、歯が立てられた唇のあいだを無理矢理こじ開ける。
かぶりを振る顎先を捕まえて、引き寄せながら口付ける。
強引な体勢に苦しげな声があがる。
なのに右手に包んだ先端からは、トロリと熱い先走りが滲む。

えろいひとだ。

ついニヤついてしまう唇をいっそう深く重ねて誤魔化しながら、絡めた舌を甘噛みする。
上顎の裏側を舌でなぞり、息苦しげな呻きも飲み込んでたっぷりと味わっているうちに、抱え込んだ体の力がぐずりぐずりと抜けていく。

関節が緩んでしまったような重みをシンクに預けながら、シンク横の、調味料なんかが並んでいるほうへと手を伸ばす。
たしかこの辺に、と探った指先が小ぶりなガラス容器に触れた。
片手で蓋を開けて匂いを嗅いだら、胡麻の香がした。
これはちょっと、香ばしすぎるだろうか。
もう少し先に手を伸ばして掴んだ別の小瓶の蓋を開けてみたら、青っぽい果実のような匂いがした。
たぶん、こっちのほうがマシだってばよ。

シンクの端に両手をついて荒い息を吐く先生の、腰を突きださせるように抱えて小瓶の中身を垂らす。
ビクッと揺れた背中を覆っているシャツの裾を鼻先で捲り上げて肌に口付けつつ、トロッとした青い香を指先に塗りつけて伸ばす。

「お、い、なに、これ」
「んー、オリーブオイル?」
「は、あ?」
「いやあ、胡麻油よりはマシかなーって」

へらへらと笑いながら、滑る指先を下へ下へと伸ばしていく。
キュッと締まって丸みのある小ぶりな双丘の、深い谷間の、その最奥へ。

「や、だ、ナルト!」
「逃げないでってば、ちょ、危ねえ」
「やだ、ここ嫌、せめてベッド…」
「いまベッド行ったらシーツとかオリーブオイル塗れになっちまうってばよ?」

更なるオイルを注ぎ足しながら、右手の人差し指で入口の襞をぐるりと探り、つぷりと侵入する。

「ん、ああっ…く」
「それに先生これじゃ自分でベッドまで歩けねえだろ」

お姫様抱っこして連れていくのはヤブサカじゃねーけどなー、と呟きつつ、崩れそうな体をシンクとのあいだに挟むようにして支える。
再び噛み締められてしまった唇を左手でこじ開けて指で舌を撫でると、うあ、あ、と苦しげにこもった呻きが、唾液とともに左指のあいだから零れ落ちる。
右手はオイルの滑りを借りながら、ぐるりと円を描き、押し入り、広げていく。
じゅぷ、じゅぷ、と暗闇に響く音に耐えかねるように、シンクへしな垂れかかった体がずり上がるように逃げるのを、体重をかけて引き戻す。
唾液に濡れた左手で、放置したままだった先生の中心を包む。
熱を持って固くなったその形をたしかめるように、幾度か上下に扱きつつ、先端に滴る滑りを全体に塗りこめる。

前からと後ろから、滑りかたの違う液体がそれぞれに立てる水音が、ぐぷぐぷ、じゅぷじゅぷと混ざり合って闇を満たす。
それから必死に耐えようとしながらも漏れ聞こえる、切れ切れの喘ぎと荒い息遣い。

きっと先生はいま、壮絶に色っぽい顔をしてるだろう。
見たい。
いまここでベッドに行けば、たぶん東南向きのあの部屋には月光が差していて、電気が付かなくたって先生の表情くらいは照らしてくれるだろう。
欲情した美しい体のラインだって堪能できるくらいには明るいはずだ。
だけど。

根気強く解して侵入した内側の、ようやく探り当てたその場所を、中指の腹で擦るように刺激する。
あがりかけた悲鳴を噛み殺した先生の背中に、鳥肌が立ってじわりと汗が染み出すのが、押し当てた唇に伝わってくる。
左手に包んだ熱の温度が、また上昇する。

月の明かりも届かない台所で、目を開けているのか閉じているのかすらわからない暗がりで、音と気配だけを頼りに先生の体を探る。
触れる全てが先生だ。
小刻みに震える体も、唇でたどる温かな肌の感触も、ときおり舌先に感じる幾つもの古傷の固さも、何もかもがカカシ先生だ。
真っ暗な闇のなかで、全身の神経すべてがカカシ先生だけを追う。
もしも二人きりの世界があるなら、きっとこんな感じなんじゃないだろうか。
そんな世界を望んでいるわけじゃないけれど。
望んだりなんかしたら先生はきっと、呆れて怒ってそれから悲しむのだろうけど。
でも、いま、この僅かなひとときのあいだだけだったら。

ぐちゃぐちゃと掻き回していた右指をずるりと引き抜いて、あがった悲鳴に甘く鳩尾を疼かせながら、窮屈なボトムをくつろげて熱い先端を先生の滑る入口に押し当てる。

触るもの、聞こえるもの、感じるものの全部が先生でできあがった濃密なこの闇のなかで、先生とひとつになってしまいたい。
そしてそのまま二度と離れられなくなるまで混ざり合いたい。
オレの全てが先生になって、先生の全てがオレになればいい。
渦巻く欲に堪らなくなって、まくり上がったシャツの裾からのぞく肌に跡が残るほど吸い付く。
暗がりのなかでは、付けたはずの印を見ることもできないのに。

「カカシ先生、オレ、先生のこと凄え好き」

のぼせ上がるほどの熱に、情けないくらいに声が乾涸び割れる。
幾度か唾液を飲み込んだら、細い腰を抱えているオレの右腕に、シンクを掴んでいた先生の片手が重ねられた。

「知ってる、よ、バカナル、ト…」

素っ気なく一刀両断にするセリフが、途切れ途切れに揺らぐ息遣いに彩られて、どうしようもなく甘く響く。
もう片方の手もシンクの縁を離れ、先生の両の手の長い十指が、ぎゅうと縋るようにオレの右腕を握りしめる。
すこし痛むほどのそのあたたかな圧迫感に、胸のなかがいっぱいになる。

「うん……うん、じゃあもっと、全部、知っててくれってばよ」

駄々をこねるコドモのように詮無いこと呟いて、抱え込んだ腰の端を指先だけで撫でる。
挿れていい?と尋ねたら、訊くなバカ、と聞き取れないほどの微かな返答が吐き出す息に混ざって落ちる。
うん、じゃあ挿れる、と辛うじて声に出したオレの顔は、きっといまものすごく甘ったれて情けなく笑み崩れているんだろう。
停電していてくれて、よかった。
切れた電線に感謝しながら、真っ暗な闇のなかで、ひとときだけの二人きりの世界へ、ずくずくと深く沈みこんでいった。

「出会えたのは緑」#5
(20130621)

→#6




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